2018 Fiscal Year Research-status Report
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15K02327
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
和田 葉子 関西大学, 外国語学部, 教授 (00123547)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | MS Harley 913 / 中英語文学 / アイルランド / ノルマン・フレンチ / アイルランド語 / 14世紀 |
Outline of Annual Research Achievements |
1330年頃、アイルランドで筆写されたLondon, British Library, MS Harley 913には、宗教作品やフランシスコ会の記録の他、当時の政情をテーマにした詩や、ウィットに富んだ、優れた作品が多く収録されている。しかし、アイルランドという「辺境」で生まれたという理由のために、この写本に収められた作品群は、これまで本格的な研究が行われてこなかった。収録作品の中には、内容や語彙、表現などが理解し難いものがある。こうした困難は、当時の社会状況と合わせて考察することで、しばしば解決され、テキストを正しく解釈することができる。 今年度は特に、Elde(老齢)について中英語で書かれた詩を詳しく読み、新たな視点から分析した。この詩には、中英語の最も権威のある辞書Middle Enlgish Dictionaryでさえ、定義が明らかでない、と記載している語がいくつも現れる。そして、引用例がこの作品からだけである語も多く使用されている。それには、二つの理由が考えられる。一つは、当時のアイルランドでは、英語だけでなく、現地の人が話すアイルランド語と、支配者の言語であったフランス語と英語が共存している状況であったため、それが作品にも反映されているからである。すなわち、アイルランド語の語彙が英語風に変化した語があったり、(パリのフランス語とは少し異なる)ノルマン・フレンチの語が、中英語の詩の中に出てくるためである。この作品の中に、非常に稀な語彙が多く使われているもう一つの理由として、いくつかのスタンザに極端な頭韻が見られることが挙げられる。すなわち、頭韻を踏むために、おそらく詩人が作り上げたり、あるいは、韻を踏める非常に口語的な語を利用したと考えられるからである。極端な頭韻による言葉遊びを楽しませる作品となっているためであろうと推測される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
優れた中英語による作品であるにもかかわらず、アイルランドで書かれたという理由のために、英文学史にも言及されることがほとんどなかった London, British Library, MS Harley 913に収録された作品群を、当時の社会背景も考慮に入れながら読み解く作業を着々と進めることができた。今年度は、科研による海外出張中に父が亡くなったため、リサーチを予定より早く切り上げなければならなかったが、準備を十分にして出かけていたので、大きな影響はなく、新たな発見ができ、十分な成果を論文にまとめることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
London, British Library, MS Harley 913に収録されている中英語の作品を読み進むと同時に、フランス語およびラテン語による作品も詳しく読んでゆく。この写本にはラテン語、英語、フランス語による作品が収録されている。英語の作品だけでなく、ラテン語とフランス語の作品を読まなければ、この写本の成立の実態に迫ることはできない。この写本は一人の写字生によって筆写されているので、写本に収められている全部の作品を理解することにより、何のために、どのような考えをもった人物によって、どういう社会の中で筆写されたのかを解明することができる。中世ヨーロッパ文学によく見られる真面目な宗教作品に加えて、フランシスコ会の記録やアイルランドの政治情勢を描いた作品、そして、機知に富む、なぞなぞの作品、などとともに、カルミナ・ブラーナを思わせるような、羽目を外した内容の作品やラテン語の荘厳なミサを、やはりラテン語の馬鹿々々しいパロディに仕上げた作品もあり、この写字生に対する興味は尽きない。 作品群の理解には当時の社会背景をさらに知る必要があるので、夏季休暇を利用し、日本では入手し難い資料を求めて、この写本が書かれたと考えられるアイルランドのウォーターフォード市立図書館や、ダブリンにあるアイルランド国立図書館、そして写本のページに書き込まれたグロス等を調査するために、この写本を所蔵しているイギリスの大英図書館で写本を直接、手に取って調査をする計画である。最終年度を迎えるので、年度末には、まとめとして、中世の歴史に関する資料が多くあるアメリカ合衆国のノースカロライナ大学チャペルヒル校図書館で研究を行い成果をまとめ、発表、刊行する。
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Causes of Carryover |
2019年2月に計画通り、アメリカ合衆国に出張し、ノールカロライナ大学チャペルヒル校の図書館で研究調査を始めたが、到着してまもなく父の死亡の連絡が入り、喪主であった私は、急遽、計画を変更し、出来るだけ早く日本に帰国し葬儀の準備をせざるを得なくなった。そのため、滞在費の支出が予定より少なくなり、アメリカで購入する予定であった資料を入手する機会も失ってしまった。そのため、2018年度の予算をすべて支出することが出来なかった。 2019年度は、2018年度に残ってしまった予算を有効利用するため、夏季休暇を利用して、再びノールカロライナ大学図書館に戻り、2018年度にし残した中世アイルランドの宗教的背景についての調査を継続する。そして、研究に必要な資料を現地で購入する。
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