2016 Fiscal Year Research-status Report
公民権運動から半世紀、アフリカ系アメリカ文学のパラダイムの行方──世代間の対話
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15K02348
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
西本 あづさ 青山学院大学, 文学部, 教授 (40316881)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | Toni Morrison / ポスト公民権運動時代 / 歴史 / アイデンティティ / ディアスポラ / 多文化主義 / Racial formation |
Outline of Annual Research Achievements |
1.カリフォルニア大学アーバイン校での講演 3月3日に”Of Futurity, Then, and Now: A Re-Reading of Toni Morrison's Tar Baby"と題し、同校のアフリカ系アメリカ研究と東アジア言語・文学の教員と大学院生を対象に、①日本で1980年代からモリスンを中心にアフリカ系アメリカ文学を研究に携わってきた環境と問題意識、②注目度の低い四作目の小説Tar Babyと「文化的孤児」と評された女性主人公の再評価、について講演した。その中で、モリスン文学がポスト公民権運動時代にアフリカ系アメリカ人の新旧世代間を橋渡しする役割を果たしたことを指摘するとともに、アフリカ系アメリカ研究を通して異なる時代や社会における人間の抑圧や疎外の体験を橋渡しする批評の枠組みを構築することの今日的重要性を指摘した。複数の専門分野の現地の研究者と対話したことは意義深かった。 2.共著『新たなるトニ・モリスン─その小説世界を拓く』(金星堂、2017年3月31日)の出版 「第四章 時間の遠近法とポスト公民権運動時代の神話─『タール・ベイビー』再読」(57-75頁)において、従来注目されてこなかったトニ・モリスンの第四作『タール・ベイビー』(1981)は、作家がポスト公民権運動時代にアフリカ系アメリカ人が直面している文化的危機をの状況を精査し、自らが取り組む文学的主題を思索する場であったと位置づけ、その後の四半世紀にわたるモリスン文学の展開を予示する重要な作品として再評価した。さらに、『タール・ベイビー』と『パラダイス』(1997)の間に歴史表象の枠組みの転換が見られることを論証し、多文化主義運動から文化戦争へ向かう80年代からノーベル賞を経て2000年代に至るモリスン文学のを形成過程を分析して、今日的視点から『タール・ベイビー』の新たな読みを提示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
青山学院大学より一年間の在外研究を与えられ、9月からイェール大学に客員研究員として滞在中である。それに伴い予想を超える機会に恵まれ、よい意味で計画を逸脱した部分はあるものの、研究は概ね順調に進展している。 ① Toni Morrison文学の変化と時代背景 Morrison文学の1980~90年代の展開とポスト公民権運動時代との関わりを考察する作業を継続中である。7月にはニューヨークで「編集者としてのモリスン」をテーマとするトニ・モリスン学会に参加し、内外の研究者と70年代以降のアフリカ系アメリカ文学にモリスンが果たした役割を多角的に議論した。9月以降、プリンストン大学図書館のトニ・モリスン・ペーパーズとニューヨーク市立図書館のベルグ・コレクションを閲覧し、第四作Tar Baby(1981)とそれに続く三作品Beloved (1987)、Jazz (1992)、Paradise(1997)との関係を検証中である。ここまでの成果は、3月3日にカリフォルニア大学アーバイン校で行った講演と共著『新たなるトニ・モリスン─その小説世界を拓く』(金星堂、3月31日)で発表した。 ② ポストソウル研究 10月のデンバーでのASA大会やイェール大学での見聞を通じ、ポストソウル世代にとどまらずオバマ後の時代を生きる世代までを射程に入れたより長いスパンで、アフリカ系アメリカ研究分野の議論をしていくための視座を得た。聴講した現代アートおよびポピュラー音楽の授業からは、モリスン研究を文学分野での議論のみならずジャンルを横断した文化状況とアーチストの時代への応答というより広い文脈で考える多くのヒントを得て、今後の研究課題が明確になった。また、アイビーリーグ初のアフリカ系アメリカ研究学科設立に立ち会ったRobert Stepto、Hazel Carby両教授から直接、創生期の状況を聞く貴重な機会を得た。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度のの成果を土台に、今回の研究の成果をまとめる。 ① Toni Morrison文学の変化と時代背景 引き続きTar Baby(1981)を関心の中心に据えつつ、1980~90年代のモリスン文学の生成過程と時代背景との関係の分析を続ける。アメリカに滞在する8月末までに、プリンストン大学のモリスン・ペーパーの同時期の草稿や私信等とニューヨーク市立図書館のベルグ・コレクション所蔵のTar Babyの未発表映画シナリオ等をさらに閲覧し、マニュスクリプトの分析を通じて、モリスンが同時代にどう応答し創作活動を展開していったのかを跡付ける。その成果は論文として学会誌等に発表する。 ② ポストソウル研究 遅れているDanzy Senna, Caucasia(1997)の翻訳を完成させる。 平成28年9月からのアメリカでの研究活動を通じ、1980~90年代の文化社会現象とオバマ政権時代末から現在に至る事象との間には深い関連があり、今回の研究は当初想定したポストソウル世代の研究にとどまらず、その後の今日の世代までを射程に入れたより長いスパンでの研究に進むべきだとの考えに至った。その中で現在中堅となっているポストソウル世代の位置を考えていきたい。近年のアメリカ国内外の状況の激烈な変化の中で、アフリカ系アメリカ文化・文学の輪郭はどう描かれ、同分野の研究やエスニック研究全体がどう展開していくのか、現在、きわめて重要な局面にあると認識している。それに伴い、今回の3年間の研究では完結できない課題として、81年のレーガン政権発足から多文化主義運動や文化戦争を経て90年代末頃より「ポストレイシャル」という語が多用されるようになっていく時代と、オバマ政権からトランプ政権へと移行しBlack Lives Matter運動が展開されている現在との関係を考察する研究へと、今後は進んでいく必要があろう。
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Causes of Carryover |
平成27年度の報告書に記載した理由により海外ゲスト招聘の際に未使用となった額がそのまま今年度も未使用となった。 在外研究でアメリカ合衆国に滞在中のため、日本と異なる状況下で、出張の際の交通費や種々の手数料など領収書が得ることが実質的に困難なために、実際には経費がかかったが申請できなかった支出が少なからずあった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
2017年3月31日に出版された著書を、研究成果を公表し批評を得るため、関係する専門分野の研究者宛に献本することに使用する予定である。
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