2015 Fiscal Year Research-status Report
アイルランド現代文学・現代演劇における変身・変容の身体表象
Project/Area Number |
15K02363
|
Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
坂内 太 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (60453990)
|
Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
|
Keywords | 身体表象 / アイルランド現代演劇 / アイルランド文芸復興 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、アイルランドの現代文学・演劇における変容・変身の身体表象の特殊性を掘り下げることを主たる目的としている。研究対象となる年代は、20世紀初頭の文芸復興期から現在までであるが、平成27年度は、2000年以降の舞台芸術における女性と非嫡出子の表象についてリサーチを進めた。 より具体的には、Yvonne QuinnとBairbre Ni Chaoimhによる戯曲『盗まれた子供』(2002年)、及びNoelle Brownによる戯曲『追伸』(2013年)を対象として、非嫡出子とその母親の表象を分析した。前者は著者の周到なリサーチによって、後者は作者自らの非嫡出子としての実体験によって、結婚制度の埒外に居る母子の苦悩を浮き彫りにして大きなインパクトを発揮した作品であり、本研究に相応しい対象と考えられた。 カトリック文化に根ざしたアイルランドの現実においては、結婚の埒外の性交渉や非嫡出子は重大な社会的禁忌であり、当事者はしばしば社会の周縁に追いやられてきた。そうした人々の、文学・演劇作品においての表象は、往々にして身体的不在の表象として、或いは身体無き声の表象として描かれてきた。本研究では、上記の二作品が、抑圧された非嫡出子とその母親が、社会的な不在として黙殺される諸要因を、いかに現代の観客に対して可視化しようとしたか、また、「不在」から「身体的存在」を獲得しようとする変容の過程をどのように描いたかを明らかにした。また、これらが、劇作家サミュエル・ベケットや詩人シェイマス・ヒーニーの作品における同様の芸術的試みに連なる可能性を明らかにした。これらの成果を論文として発表した。また、これと平行して、平成28年度以降の研究の基礎となる20世紀初頭の文芸復興期の身体表象と変容については、その文脈の確認と考察とを学会で口頭発表した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は、アイルランドの現代文学・演劇における変容・変身の身体表象の特殊性を掘り下げることを主たる目的としている。より具体的には、20世紀初頭の文芸復興期から現在までの時期を対象として、いかに国家や国民の変容が、小説・詩・演劇・パフォーマンス等で扱われてきたか、それがどのように批判・継承されてきたかを探ることを目指している。 20世紀初頭の身体表象を起点とする理由は、この時期の舞台芸術、および文芸復興期の文学作品や文化的な「アイルランド性」の確認や発見、創造が、独立国家としてのアイルランドの形成に重要な役割を果たしたからであり、それらの表象の批判・継承が、現在まで継続していると考えられるからである。 本年度は、文芸復興期の直後の時期に、当初の身体表象を批判的に受け止め、それを乗り越えようとした劇作家ショーン・オケイシーを取り上げる。とりわけこの劇作家に焦点をあてる理由は、オケイシー作品、特にアイルランドの首都ダブリンを舞台とした諸作品が、現在のアイルランドにおいても盛んに上演され、それらの戯曲が持つ、過去の修正主義的視点が、現在のアイルランドの観客たちに極めて大きな訴求力を発揮しているからである。 本研究の現状は、当該劇作家の修正主義的姿勢を検討した先行研究を踏まえた上で、戯曲の分析を行い、諸作品がいかに脱・身体的、且つ象徴的な身体表象に抗っていたかを論考にまとめている段階であり、本年度の早い段階で成果が出る見込みである。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成28年度は、アイルランド・ナショナリズムと変容・変身の表象についてリサーチを進める。2016年は、アイルランドの国家独立の契機となったイースター武装蜂起とその瓦解から百年目の節目であり、様々な文化行事・式典が催されるのと並行して、ナショナリズムと(国家・国民の)変容の表象について、アイルランド国内で、文学・演劇・パフォーマンス等々とそれを巡る研究分野での再評価・再考が活発化することが予想される。それらを踏まえつつ、20世紀初期の文芸復興期とそれに続く世代における<変容・変身>のテーマの展開と事例について、その特殊性・個別具体性を掘り下げるリサーチを行う。 とりわけ、「国家の変容」を、「来たるべき国民の変容」に象徴的に託したアイルランド文芸復興期の表象を、直後の世代がどのように批判継承したかをリサーチする。より具体的には、劇作家ショーン・オケイシーが、アイルランドの首都ダブリンを舞台にして書き上げた戯曲、すなわち『狙撃者の影』(1923年)『ジュノーと孔雀』(1924年)『鋤と星』(1926年)、また社会革命を主題とした『赤い薔薇を僕に』(1942年)を取り上げ、20世紀初頭の演劇運動における神話的、且つ脱・身体的ナショナリズム表象、現実社会における軍事的ナショナリズムと国家独立に向けた「血の犠牲」崇拝と身体軽視の傾向に対し、オケイシーがいかに抗い、身体的現実を舞台芸術の中に取り込もうとしたかを考察する。
|
Research Products
(2 results)