2016 Fiscal Year Research-status Report
アイルランド現代文学・現代演劇における変身・変容の身体表象
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15K02363
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
坂内 太 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (60453990)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 身体表象 / アイルランド演劇 / アビー劇場 |
Outline of Annual Research Achievements |
アイルランド現代文学・演劇における変容・変身の身体表象の特殊性を検討することを主な目的とし、平成28年度は、復活祭蜂起後の内戦期における貧民街での身体的経験の現実が、当時の国民劇場で上演された戯曲にどのように扱われているかを分析した。また、他の時期の戯曲における同様の身体表象との関連を検討した。 具体的には、1920年代に初演され、ダブリンの貧民街を舞台としたショーン・オケーシーの三部作を取り上げ、自伝的事実や当時の貧民街住人の証言や生活史を吟味し、戯曲の舞台設定や人物描写と比較検討した。その結果、作品には自伝的事実の芸術的変形が見られるだけでなく、当時のスラム街住人の生活全般に通底するような身体感覚、とりわけ私的空間と公的空間が絶えず重なり合う特殊な住環境や当時蔓延していた疾病等を脱神話的に反映した身体感覚の表象があることが分かった。また、国粋主義の高揚に伴う「血の犠牲」崇拝と身体軽視が、社会や国民の変容への希求、及びスラム街の身体表象と密接に対置されていることも確認出来た。 同時に、これらの身体表象には、十九世紀末のオスカー・ワイルドの童話や、オケーシー以後の戯曲、例えば二十世紀後半のサミュエル・ベケットの戯曲との興味深い類似が見られた。また、逆境に置かれた女性の苦悩を優美化せず、周縁に置かれて社会的な声を奪われている女性の身体的現実を表象する傾向に、現在のアイルランドにおける様々な舞台上演との共通項も確認出来、通史的な視点を構築する手がかりが得られた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、アイルランド文芸復興期から現在までの時期を対象として、変容・変身の身体表象の特殊性を検討することを主たる目的としている。本年度の研究では、第一次世界大戦後・内戦による混乱期に着目し、ナショナリズムの高揚と劇作品における身体表象の検討を進め、プロパガンダ的な身体軽視と、戯曲による身体感覚重視の拮抗を分析した。同時に、19世紀末の文学作品や、1970年代の戯曲との類似性を確認し、通史的な分析の可能性を探った。 平成28年度は、劇作家や演出家などの聞き取り調査も進め、変容・変身の身体表象が現代アイルランド演劇においても重要な意義を持つことを確認した。通史的な視点を得る上で研究の進展が見られた。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度は、アイルランド文芸復興期における変容・変身の表象についてジャンル横断的なリサーチを進める。これまでのリサーチで、20世紀初頭の演劇運動と、1920年代に結実するモダニズム文学、とりわけ、イェイツ、シング、ジョイスの間で、変容・変身の表象を巡る創作上の駆け引きがあったことを確認した。本年度は、この点に於ける総括的な論文を執筆・発表する予定である。また、昨年度に引き続き、現代アイルランド演劇での変容・変身の表象のリサーチを進め、通史的な視点の可能性について引き続き検討する。
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