2016 Fiscal Year Research-status Report
アジア系アメリカ演劇における日本演劇および日本文学の要素についての研究
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15K02366
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Research Institution | Kyoto Gakuen University |
Principal Investigator |
古木 圭子 京都学園大学, 経済経営学部, 教授 (80259738)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 暴力とトラウマ / エスニシティ / ジェンダー / 家族劇の解体 / 日系アメリカ演劇 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、アジア系(主に日系)アメリカ演劇にみられる日本文学、日本演劇の要素について、主に日系アメリカ人劇作家Chiori Miyagawaの戯曲の研究を中心に考察してゆくものである。昨年度は本人にインタビューを行い、劇作家が日本古典文学をみずからの作品に取り入れている意図について確認することができた。本年度は、「エスニックマイノリティ演劇研究」をテーマとする日本アメリカ演劇学会第6回全国大会に本人をスピーカーとして迎え、アジア系アメリカ人劇作家として人種、エスニシティと向き合うスタンス、さらに、人種とキャスティングにおける問題点についての講演を企画、実施することができた。 Miyagawaの講演と関連して、同大会において私は、近松門左衛門の『女殺油地獄』を翻案化したMiyagawaのWoman Killer(2010)を、暴力、ジェンダー、家族の解体という観点から論じた。『女殺油地獄』が主人公の放蕩息子の懺悔の言葉で締めくくられるのに比して、Woman Killerは殺人の場面で終幕を迎え、主人公Clayの行く末や被害者の夫Jamesの反応についての描写はない。さらに『女殺油地獄』とは異なり、Clayが体現する悪は他の家族にも潜んでいる要素として提示される。Clayは母Elizabethが、父の事故死に関与していた可能性さえ示唆している。またMiyagawaは、母、妻であることの意味を模索する被害者Anneのセリフを創造し、その心の揺れが、借金と放蕩を重ねるClayへの同情へと変貌してゆく過程を描き、彼女とClayの結びつきを複雑化する。これらの要素を盛り込まれることで、Anneの殺害は、あらゆる人間関係に潜む罪の普遍的シンボルへと変容する。国境や時空間を越える人物を創造するこのような試みは、親子、夫婦の関係に焦点をあてる「家族劇」に対する一つの挑戦であるとも考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初の計画では、Chiori Miyagawaの戯曲の創作意図についてインタビューを行い、本人による日本での講演およびシンポジウムなどの計画を具体的に進めることとなっていたが、今年度は本人を日本アメリカ演劇学会の大会に講演者として迎え、共同のシンポジウムの開催が実現した。本企画は平成29年度に計画されていたものであったので、本研究は現在のところ予想以上に順調に進んでいる。また個人の研究にとどまらず、アメリカの劇作家の講演とシンポジウム参加によって、研究者のみならず創作者側の声を聴くことができたことは、日本におけるアメリカ演劇研究にとっても多大な貢献となったと思われる。 さらに2016年6月には、MiyagawaのThousand Years Waitingにおける「読書」および「語りと記憶」という要素について、国際学会(International Federation for Theatre Research)での発表が実現し、研究の幅をさらに拡大することができた。また近松門左衛門の『女殺油地獄』を翻案化したMiyagawaの戯曲Woman Killer (2010) について、主にトラウマ体験と暴力という観点から分析し、原作の近松作品との比較も試み、その成果を日本アメリカ演劇学会の大会シンポジウムにおいて発表することができた。さらに、本発表においては、Miyagawaの戯曲をいわゆる「家族劇」を解体する試みとして分析することも試みた。Woman Killerは、その両親と子供たちの関係に焦点を当てる描写から、伝統的アメリカ演劇における家族像の反復であるかのようにみられるが、主人公の息子Clayによる友人Anneの殺害は、Anneが理想の「母親」として提示されているために、伝統的家族像を破壊する試みであり、Clayの亡き父Walterの恨みを晴らす行為でもあるからである。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度は、28年度に引き続き、記憶とトラウマおよび家族劇の解体という観点からMiyagawaの戯曲研究を行う予定である。特にMiyagawa自身が代表作として掲げているIHave Been to Hiroshima Mon Amour(2009),日本の能の要素を取り入れたThis Ligering Life(2014)を中心に同テーマを掘り下げて考察してゆく予定である。さらに、本年度日本アメリカ演劇学会でMiyagawaが行った講演を日本語に翻訳し、同学会誌で発表する予定もしている。 Miyagawaは、日本生まれの1.5世代のアメリカ劇作家として、みずからの「アウトサイダー」としての立場に「意図的に執着」し、それが「死と再生」の間をさまよい、次代への「転生」を想像する人物を描くことを可能にしてきたと語っている。平成29年度は、そのような「アウトサイダー」としての彼女の戯曲の特質を、アジア系アメリカ演劇研究史の中で捉えたいと考えている。具体的には、日系アメリカ人劇作家として「記憶とトラウマ」という同様のテーマを内包する戯曲を創作してきたWakako Yamauchi, 日本を舞台とした戯曲も多く著しているアメラシアの劇作家Velina Hasu Houstonらの戯曲との比較研究も行う予定である。 平成29年度9月に予定されているアジア系アメリカ文学研究会(AALA)フォーラムにおいては、Velina Hasu Houstonの戯曲におけるアメラシア(混血)性について発表を行う予定であり、「アウトサイダー」としての立場を繰り返しその戯曲の中で表現してきたMiyagawaの戯曲との共通点も見いだせると考えている。その上で、当該年度は、本研究の集大成として、日本生まれのアメリカ劇作家としてのMiyagawaの戯曲の特質を明らかにしたいと考えている。
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Research Products
(3 results)