2015 Fiscal Year Research-status Report
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15K02379
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
田口 紀子 京都大学, 文学研究科, 教授 (60201604)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 仏文学 / 歴史叙述 / リアリズム |
Outline of Annual Research Achievements |
当初27年度に予定していた第1のテーマ「歴史的事件を主題とすることがどのような演劇的革新をもたらしたか」について検討し、以下の成果を得た。 1.古典演劇の規範である3一致の法則のうちの場所と時間の一致については18世紀からすでに疑問視されていたが、革命期以後歴史的題材が頻繁に取り上げられる状況のなか、歴史的事件の推移を24時間以内の出来事に集約し、かつ同じ場所に設定することの困難さが明白になった。ユゴーの『クロムウェル』(1827)、『エルナニ』(1830)を分析し、ロマン主義演劇の代表作であるこの2作品が、集団の対立による歴史的事件を、複数の場所で展開される複数のプロットの同時進行という形で表現する、ロマン主義的歴史観を反映したものであることを明らかにした。また古典主義の作劇法の要諦をなす、過去の経緯が招いた極度の緊張状態が一つの出来事をきっかけとして急激かつ不可避的に破局へと進行するプロットとは違い、ロマン主義歴史劇では、演じられるペリペシーの積み重ねが歴史的事件の経過そのものとして描かれる事を検証した。 2.ロマン主義演劇とほぼ同時期に、上演を目指さない演劇として限りなく小説に接近したジャンル「歴史的情景」の代表作であるヴィテの『ラ・リーグ』(1826-1829)を分析し、『クロムウェル』との作劇上の類似点と相違点を検討した。対立する勢力を場面ごとに描いてゆく手法は共通しているものの、舞台に登場した民衆を観客として主人公が行為を行う場面は『クロムウェル』に特徴的であり、後者のパーフォーマティヴな特徴(前者の叙述性)を明確に示すものである。他方『ラ・リーグ』は『クロムウェル』同様、複数の偶発的事件の結果として前望的に史実を描き出そうとしていることが明らかとなった。その意味では「歴史的情景」は進行中の事実を不確かな未来に向かって描写する「写実主義小説」と共通の視点を持つものであると言える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初28年度のテーマとしていた「上演を目指さない演劇作品ー歴史的情景ーの演劇性と「群衆」」を27年度に取り上げることになったため、27年度の二つ目の研究テーマと考えていた「ロマン派の歴史家による歴史叙述の演劇性」については28年度以降に考察することとした。 それ以外の点では当初の計画は順調に進展しており、初年度にロマン主義演劇の代表作であるユゴーの『クロムウェル』『エルナニ』と「歴史的情景」の主な作品であるヴィテの『ラ・リーグ』、メリメの『ジャックリー』、ミュッセの『ロレンザッチョ』を分析することができたのは今後の研究の進展に大きな意味を持つ。 また、古典主義悲劇の創作原理(不可避的結末への疾走)との対比において、ロマン主義演劇の推進原理(偶発性、前望性)を把握することができたことは予想外の成果であった。このことによって、写実主義小説がロマン主義演劇と共有する偶発性、前望性を基盤としながら、小説プロットを完結させるために、「布石」「予言」「予兆とその解読」などのテーマが重要となることが明らかになった。これらのテーマは小説の会話部分(演劇的要素)では担えず、語り手の地の文によって担保される要素であり、今後の写実主義小説の語り(手)の分析に際して重要な鍵概念となるものと考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
27年度に積み残したロマン主義歴史家達による歴史叙述の演劇性の分析を行いつつ、リアリズム小説の演劇的性質と叙述部分の特徴を解析する。 28年度にはユゴーの歴史小説(作家自身は歴史小説として位置づけることを拒んでいるが)『パリのノートルダム』(1831)を分析対象とする。その際、以下の観点に注意を払う。 <ユゴーの歴史観との関連>:ユゴーの歴史叙述(『パリのノートルダム』には全体が歴史叙述や歴史的建造物の解説にさかれた章がいくつか挿入されている):作家の歴史観(歴史的建築物の保存を主張した「破壊者達に戦線布告を!」(1825, 1832)の2論文、歴史家ギゾーが大臣として主宰した「フランス史との関連における文学、哲学、科学と芸術委員会」の委員としての活動、など):歴史小説との意識的距離(「ウォルター・スコットについて」(1823)などの雑誌論文) <歴史的事件とプロット構成>:同作家の劇作『エルナニ』『クロムウェル』との、会話部分の作劇手法の比較:事件を結末へと収斂させるための語り手の介入。
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Causes of Carryover |
年度途中で円高が進み、海外発注した書籍が予定より安価で入手できたため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度使用額は少額であり、購入予定の書籍の点数を若干増やすことで対応可能である。
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Research Products
(2 results)