2018 Fiscal Year Research-status Report
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15K02379
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
田口 紀子 京都大学, 文学研究科, 教授 (60201604)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | フランス文学 / 歴史叙述 / リアリズム |
Outline of Annual Research Achievements |
平成30年度は前年度分析対象としたバルザックと並んで19世紀フランス写実主義小説の嚆矢となったスタンダールの『パルムの僧院』を中心に検討した。分析で得られた成果は以下の通りである。 おおむねスタンダール作品での語り手「私」も、バルザックの3人称小説の語り手同様、同時代のフランス人読者に語りかける知識人というフィギュールをとっている。本研究の仮説である、<物語の演劇的構造と、観劇者としての「語り手」と「読者」>において、「語り手」は物語時間を共有しながらも、再現される物語を外から観察する存在である。 しかしスタンダールの『パルムの僧院』は、冒頭部分でこそナポレオン軍のイタリア駐留、ファブリスの誕生・成長とワーテルローの戦いへの参加までが外的焦点化によって描かれるものの、ワーテルローでは戦争の悲惨な現実が主人公の視点で描写される「視野の制限」の手法が採用されることで、これ以降の人物の内面描写が主導的なスタイルが準備される。採用されている内面描写の種類としては「内的焦点化」「自由間接話法」「内的独白」(「自由直接話法」)などが主なものであるが、いずれもがプロット上重要な場面で、焦点を当てられている登場人物が対象となっている。しかし検討の結果、これらの内面描写は演劇的構造のヴァリエーションと考えられることが明らかになった。 一例を挙げると、「内的独白」は「語り手」による解説と言うよりも、演劇における「長台詞」との類似を指摘することができ、人物が「語り手」からの自律性(オートノミー)を獲得した現れと解釈することが可能である。また、「語り手」のディスクールを基盤とする自由間接話法よりも、人物の内心の直接話法による再現がスタンダールにおいては特徴的であることも、作品の演劇性を裏付けていると言える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
内面描写を特徴とするスタンダールの語りの構造にも、演劇的特徴が指摘できることで、フランス・レアリスム小説が全体として舞台構造と観劇者としての「語り手」と「読者」というスキームによって説明可能であるというめどが立った。
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Strategy for Future Research Activity |
3人称のレアリスム小説は、登場人物の心理を詳細に分析することを特徴の一つとしている。スタンダールの心理描写についても、語りが人物の視点をとる「視野の制限」(Georges Blin)をはじめ、多くのスタンダール研究者によって検討されているが、しかしそれらの多くがそこに主人公へのスタンダール自身の投影(感情移入)を見るものである。本研究では作家とは切り離した物語の「語り手」を前提とし、演劇的小説構造の中でなぜ登場人物達への内面描写が可能となるのかという角度からこの現象を再検討した。 最終年度である次年度には、スタンダールの小説で「語り手」が人物の内面に立ち入って描写する部分が、どのような場面で観察されるのか、また人物の独白によって描かれるシーンとどのように使い分けられているのかについての検討を行いたい。たとえば3人称のおとぎ話や、16世紀の英雄小説で心理描写が行われるケースと比べることで、レアリスム小説の語りのエティックを検証し、本研究を総括する予定である。
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Causes of Carryover |
最終年度が退職年に当たり、予定していた海外出張が困難となったため。
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Research Products
(2 results)