2018 Fiscal Year Research-status Report
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15K02463
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Research Institution | Tenri University |
Principal Investigator |
熊木 勉 天理大学, 国際学部, 教授 (70330892)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 日本語詩 / 呉章煥 |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度は、朝鮮の詩人・呉章煥について主に研究を行い、論文として「呉章煥の抑圧された自我ー日本語詩を整理しつつ」(韓国語:『地球的世界文学』、第12号、クルヌリム、2018)を執筆した。科研費を通じた研究の一環の中で新たに見つけることができた彼の日本語詩を総合的に研究し、さらに萩原恭次郎との比較の可能性までも論じたものである。彼の日本語詩で興味深いのは長詩「戦争」の一部である「捕虜」が日本語で発表されていることにある。この「捕虜」に該当する部分は実は、朝鮮では詩集の刊行を目指した時点では検閲で許可されなかった部分であり、それが現実的には日本で詩誌に発表されたということになる。一方で、彼がその後、どのような詩作へと傾いていったのか、つまり1940年代の詩につながる流れはどうであったのかについて、「戦争」の検閲による心的負担あるいは自己検閲というテーマから、戦前の彼の詩が結局、どういう流れで、どこに行きついたのか、ということを念頭に「呉章煥と「戦争」」(人文評論研究会:早稲田大学:2019年1月12日)というテーマのもと、口頭発表を行った。一方で、2018年に主として取り組みたいと考えていた金鍾漢の詩については、さきにまだ知られていない詩を一定数確保しており、これをまとめて発表する予定であったが、呉章煥の研究論文や資料がかなり多いことから、それに目を通すのに想定以上の時間がかかり、金鍾漢の作業にまでは至ることができなかった。1940年代の朝鮮の日本語詩に関する資料は順調に収集できたが、その整理と先行研究の読み込みに取り組んでいる状況である。楊明文や徐廷柱の1940年代の文学についても、すでに整理の段階であるが、扱うべき資料は膨大である。新たな資料を見つけるよりは、資料の整理と論述の段階にあると言えるが、一人一人の詩人を順次追いかけて論考を準備しているところである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2017年度より所属大学を移ったために、資料の買い直しを迫られたものがかなりあり、あわせて新たな業務に対応すべくエフォートを充分に研究に回すことができなかった側面が多分にあった。こうした状況は2018年度においても一気に改善されたとは言えず、資料の再整理が必要となった部分も少なくない。資料の読み込みが2018年度は呉章煥に集中したことも本来1940年代前半期の日本語詩を中心として研究する予定であっただけに、テーマを一点に集中しすぎた感がある。しかし、呉章煥の詩的遍歴をある程度明らかにするきっかけになる口頭発表を行い、また、これに関連する論述の準備もすでに行っている。主として資料的な面での補充から少なからぬ負担が発生し、また、私が呉章煥で主に扱ったのは1930年代の文学になるため、本研究のテーマとは若干のずれが発生したが、1940年代の日本語詩に関連する論考の資料的な準備はおおむね完了した段階である。あとは読み込みと論考が必要ということになる。研究環境もほぼ従来の資料は新たに取り寄せ、また必要に応じて新たな資料もこれに付け加えることができたため、順次、論考を積み重ねていく必要があるものと考えている。なお、1940年代の詩人のうち日本との関係で注目すべき詩人である尹東柱については講演を行い、それを文字起こしすることで、講演文を公表したが、こうした作業も1940年代の朝鮮文学と日本を考えるうえで本課題と関連しうる基礎的作業の一環として行ったものである。
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Strategy for Future Research Activity |
まずは、2018年度に主として時間を割いた呉章煥の詩的遍歴について論考をもう1本仕上げることを考えている。この論文には、1940年代前半期の彼の内面がどうであったかを考える部分が含まれる。呉章煥の日本語詩は1930年代のものであるため、1940年代の詩とは直結しないが、彼の日本語詩創作時期の作品は、1940年代の詩作の方向性とは密接に関連しているものと考えられる。また、準備段階にあるものとして、金鍾漢・柳明文に関する論考を整理するのが目標となる。徐廷柱の論考についても同様に作業を進行中であるが、徐廷柱に関する研究は先行研究の多さから相当の時間がかかることが予想され、2019年度で一定の成果を出すことは容易ではない。一方、本課題の最大かつ最後の目標は、太平洋戦争下の朝鮮の詩の全貌、あるいはそれと日本との関係を解明し、論考を行うことであった。これまで個別の詩人たちについて論文を積み上げ、また、ときにはこの時代と関連する詩人や時代的な問題(従軍慰安婦と文学の問題)にも取り組んだが、本課題の最終的な成果となる予定である太平洋戦争下の朝鮮人詩人と日本との関係、あるいは日本語詩の問題について、今年度可能な作業に取り組みたいと考えている。一人一人の詩人をすべて扱うことは難しいが、この時代の文学の様相を鳥瞰し、当時の朝鮮の詩人たちの姿を広く明らかにする作業は、個別詩人の検討の作業とは別途、行っていく必要があるものと考えている。もちろん、ともに相互補完的な作業ではあるが、本課題の目標は、むしろこの時代の朝鮮の詩人たちと日本との関係を総合的かつ広く論じてみるところに置かれている。最低でも個別の詩人の研究を着実に前進させ、目標としてこの時代の朝鮮の詩人たちの姿を検討することが本課題で当初より意識していた部分である。
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Causes of Carryover |
2017年度に所属大学が変わったため、様々な資料購入や複写に費用を費やしたものの、さらに時間をかけて調べるべきものも多く、また訪問したい図書館、資料館などもある。新しく所属した大学の業務に慣れるために本課題へのエフォートを充分に確保できなかった面もあった。2019年度にさらに研究が行うことが出来るように、あえて2019年度に行うのが望ましいと判断された作業については無理に費用の支出を急がず、研究の進展にあわせて順次、必要な作業のみを行い、調査を行う形で調整を行ったため、次年度使用額が発生することとなった。また想定以上に扱う文学者や資料が多くなったために、やるべき作業が膨大になっており、その作業に効率的に費用を配分するために、支出の調整を行う必要もあった。あわせて、米国におけるこの分野の研究の傾向をうかがうべく、米国のAAS(Association For Asian Studies)への参加を予定していたが、大学を移ったことで、勤務校の業務が丁度学会の日と毎年必ず重なるスケジュールとなっており、AASへの参加は不可能となった。その分、米国での調査は別途学会ではない個別での調査が必要となるが、次年度残額によって米国で調査を行うのは実質的に費用が足りない可能性が高い。韓国での調査が恐らくは限度になるものと思われるが、有効に予算を活用して資料調査などを行う予定である。
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