2016 Fiscal Year Research-status Report
広東語・チワン語結果構文の類型論的研究―地理的連続性の問題をめぐって―
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15K02528
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
石村 広 中央大学, 文学部, 教授 (00327975)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 漢語方言 / 動補構造 / 結果構文 / 已然法 / 未然法 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、漢語系の結果構文とタイ系の結果構文に関する調査・分析を通じて、地理的連続性・不連続性を明らかにし、言語類型論の領域に新たな知見を提示することにある。状態変化使役を表す北京官話の結果構文は已然法を基本とし、必ず複合述語の形をとる。しかし、漢語南方方言、とりわけ呉方言には複合型の他に、目的語が2つの述語の間に割り込む分離型の結果構文が存在する。これは非生産的な文法形式であり、願望や仮定といった未然の文脈で用いられることが多い。未然法は已然法よりも使役性が低い。つまり、漢語方言の分離型は、複合型よりも使役性が低い場合の文法形式である。漢語の結果構文の場合、使役性の強弱が語順(統語構造)の違いに反映されているのである。 この仮説をさらに検証すべく、本年度も引き続き、漢語系言語の結果構文について調査・分析をおこなった。そして、次のことが明らかになってきた――分離型の結果構文をもつ漢語方言は、可能補語構造文においても分離型の語順をもつ。しかし、その逆は必ずしも真ではない。結果の実現可能性について述べる可能補語構造文は、結果構文よりも使役性が低い。要するに、漢語系言語では、使役性が低いほど分離型の語順が現れやすいのである。実際に、広州方言は可能補語形式の否定文に分離型が現れるが、結果表現は北京官話と同じく複合形式である。また、調査を進める中で、本研究の仮説には「例外」があることもわかってきた。例えば、福建省で話されている方言の分離型結果構文では、結果補語が複音節形容詞の場合、已然法も可能となる。このタイプは近代漢語期に現れた比較的新しい形式とされ、使用可能な形容詞も限られる。その位置づけについても、今後検討したい。 なお、本年度の研究成果の一部は『当代語言学』2016年第3期(中国社会科学院語言研究所編)と『慶応義塾中国文学会報』第1号(2017年3月)に掲載されている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度は、前年度に提示した仮説を実証することに重点を置いた。語順の利用こそ漢語結果構文の要諦である。調査対象が広範囲にわたり、仮説を実証するにはまだサンプル数が足りないと認識している。進捗状況は、概ね次の通りである。 (1)漢語の分離型の分布は、大まかな傾向として、呉方言と(門+虫)方言に集中している。とりわけ呉方言に目立つ。粤方言は可能補語形式の否定文に分離型が現れるのみで、結果表現は北京官話と同じ複合形式である。劉丹青氏らの類型論的研究によると、呉方言は口語においてOV式の主題文が発達している一方で、処置式の使用頻度が低いとされる。粤語も口語での処置式の使用は多くはないが、その分本来的なVO式の語順を多く用いる。処置式が未発達な呉方言などに残存する分離型の結果構文は、中古漢語の分離型(いわゆる“隔開式”)を継承するものと推測される。 (2)中国領内におけるタイ系言語の結果構文は、本来分離型である。これらとの接触が濃厚な地域の漢語結果構文には、分離型が現れる。例えば、広西の南寧白話、海南島の(門+虫)南方言における結果構文は、他の漢語方言と異なり、分離型の語順が優勢である。已然法を持つほか生産性も高い。前者はチワン語、後者は主に黎語との接触により、分離型を獲得または保持したものと推測される。中古漢語の分離型とは直接関係がないということである。他方、漢語との長期にわたる接触により複合型を使うタイ系の言語が増えている(呉福祥2009)。報告者のインフォーマント調査においても同様の傾向が認められた。同じチワン語であっても、広東省西部(茂名)では複合型のみ、広西チワン族自治区中央部(南寧、武鳴)では複合型/分離型の併用(ただし前者が優勢)、広西の西部(靖西)では分離型が優勢であった。世代による違いも顕著である。分離型から複合型への移行は、今後も進むものと思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
1.中国の漢語方言研究機関と連絡をとりながら、漢語方言の結果構文に関するインフォーマント調査を継続する。中古期の“隔開式”を継承するものは現代漢語において概ね未然法をもつことは確認できたが、例外的なもの(目的語に一般名詞をとる、補語が複音節語である、已然を表すなど)についてはインフォーマントの協力を得ながらさらに精査する。 2.チワン語の調査は、広西壮文学校の黄氏に依頼する。周辺的な用例の適格性についても判定する。チワン語自体、漢語による影響を強く受けているため、本来的な表現や文法構造を把握しづらい。このことが本研究における検証作業にも影響することが懸念されるため、計画を若干変更し、新たに東南アジア・タイ語結果構文との比較・対照を検討する予定である。 3.広西平話については現在もインフォーマント適任者が見つかっていない。普通話と広州方言を軸にチワン語との比較を行い、あわせて平話と南寧白話の文法構造も参照することにしたい。 4.言語接触に関する理論的裏付けを強化する。また、広東語の歴史的状況についても可能な限り文献で確認する。 5.先行研究資料の調査と整理およびデータベース化を進める。調査データに基づき、各言語の結果構文に関する文法機能を分析する。本研究の分析的枠組みに修正ないし変更が生じた場合、それを調査結果にも反映させる。
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Causes of Carryover |
科研費による出張を予定していた国際会議にゲストとして招待されたため、必要経費(渡航費、宿泊費等)を先方に全額負担していただいた。残額分は物品費や図書費などに充てることにしたが、なお余りが生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
国際会議に参加するための経費、図書購入費などに含める予定である。
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