2017 Fiscal Year Research-status Report
広東語・チワン語結果構文の類型論的研究―地理的連続性の問題をめぐって―
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15K02528
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
石村 広 中央大学, 文学部, 教授 (00327975)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 結果構文 / 漢語系言語 / タイ系言語 / 語順 |
Outline of Annual Research Achievements |
前年度に引き続き、広東語(粤語)・チワン語結果構文の地理的連続性に関して、通時的視点を加味しながらさらに詳細な調査・分析を行った。本年度中に得られた成果と課題は、次の3点である――①南方漢語の結果構文には複合型(使成式)も分離型(隔開式)も認められる。この種の分離型は、VO式の語順が発達した広東語よりもOV式の語順を多用する呉語・ビン(=門+虫)語に相対的に多く残存している。②海南島のビン(=門+虫)語も、分離型語順の方が優勢である。これは主として、分離型をもつ土着の非漢語系言語(黎語)の影響により生じたものと推測される。広西および海南島に分布する周縁的な漢語方言の分離型は、中古期に発達した隔開式を直接継承するものではない。③広西(特に南寧の)粤語の分離型は、従来、チワン語との接触によって生じたと考えられてきたが、土着の漢語方言(平話)の影響を受けて生じた可能性も考慮する必要がある。 上記の研究成果を3つの国際学会において口頭で発表したーー“従動詞的語義範囲看漢語句法的類型特点”, 第九届現代漢語語法国際研討会(2017年10月14-17日,韓国延世大学)/“漢語南方方言“動+賓+補”語序的形成動因――兼論与dong4(=人+同)台語的語言接触問題”, 現代漢語語法前沿討壇(2017.8.26-27,上海復旦大学)/“致事型数量動結式的語義構造及其産生動因”, 第七届当代語言学国際円卓会議(2017.10.20-22,杭州浙江大学) 本年度中に刊行された論文は、次の2本である―― 関于近代漢語時期的“隔開式”,『楊凱栄教授還暦記念論文集 中日言語研究論叢』,東京:朝日出版社/動結式的致使意義和使動用法的双音化,《語言類型学集刊》第1輯,北京:世界図書出版公司(《当代語言学》2016年第3期の再録)
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
調査対象が広い範囲に及ぶことが上記の主な理由である。広東語とチワン語の地理的連続性に関する議論は、結局、漢語系言語とタイ系言語が同質の文法メカニズムをもつか否かという重要な問題に行き当たる。かつて橋本萬太郎博士はアルタイ語化を想定し、漢語の統辞法は順行構造(分離型・隔開式)から逆行構造(複合型・使成式)へと通時的変化をとげたと主張した。確かに北方漢語は複合型のみが許容されるのに対して、南方漢語の場合は一部に分離型が現れる。だが漢語において分離型は、生産的な形式ではない。 本研究の調査によれば、チワン語などのタイ系言語と北京官話や広東語などの漢語系言語とでは文法メカニズムが異なる。漢語系言語の結果構文には2つの語順(複合型/分離型)がある。この統語形式の違いは、使役の強弱(已然/未然)の違いを反映している。漢語の結果構文は複合型が優勢であり、已然の事態を叙述する。分離型は未然の文脈で用いられ、生産性も低い。これに対して、チワン語をはじめとするタイ系言語の結果構文では、已然/未然の区別なく分離型の語順を用いる。分離型を優勢な語順とする(已然と未然を併せ持つ)漢語方言は存在しないか、存在しても広西や海南島のようなタイ系言語との接触が濃厚な地域に限られる。本年度は、この予測の信憑性をより明確なかたちで示すために、さらに詳細かつ広範なインフォーマント調査を行った。これまでに採取したデータはすべてこの予測の範囲内である。他方で、一部調査計画の見直しを余儀なくされた。従来、広西(南寧)粤語の分離型はチワン語との直接的な接触によって生じたと考えられてきた。だが地理的・歴史的にみると、これは平話との接触により生じたようである。広西平話は唐宋代にチワン語との接触により形成された漢語方言だが、この言語の文法構造に関する資料は極めて乏しい。このことも研究計画に遅れが生じる一因となった。
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Strategy for Future Research Activity |
1.まとめとして、広東語とチワン語の基本用例を収集し対照表を作成する。とりわけ自動・他動・使役・受動などヴォイスに関連する種々の表現や体系性に注目しながら、当該言語の結果構文の形式と意味に関する位置づけを行う。 2.従来、清末に形成されたと考えられる広西白話(南寧粤語)の分離型は、土着の言語であるタイ系のチワン語との接触によって生じたと考えられてきた。だが、本年度の調査を通じて、平話の影響を受けて生じた可能性についても考察する必要が出てきた。平話は漢語十大方言の一つであり、唐宋代に形成されたと考えられてれる。漢語において分離型語順は中古期に生じ宋代以降に複合化を遂げるが、平話の分離型語順は、分離型をもつチワン語と接触したことにより、宋代以降も複合化を遂げずに今日まで保持されている。平話は非漢語系言語との接触により、古い語順を保持しているのである。言語接触の理論的研究において「保持」という接触パターンはほとんど指摘されていないようである。このことを先行研究を精査して明らかにする。 3.海南島で話されているビン(=門+虫)語の結果構文も分離型が優勢である。この「特例」に関しても、広西における粤語(白話)と同じ現象、すなわち分離型語順を持つ非漢語系言語との長期に及ぶ接触があったことが、理由として考えられる。この場合は、オーストロネシア語族とも関係が深いタイ系の黎語の影響が考えられる。詳細な調査を今後の課題としたい。
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Causes of Carryover |
研究計画の修正と一年間の期間延長にともない、当該年度の支出を控えたことによる。 海外出張費、図書購入費、機材購入費等に充当する予定。
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