2015 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
15K02566
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
佐野 宏 京都大学, 人間・環境学研究科(研究院), 准教授 (50352224)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
尾山 慎 奈良女子大学, 人文科学系, 准教授 (20535116)
毛利 正守 皇學館大学, 文学部, 教授 (70140415)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 古代日本語 / 表記体 / 用字法 / 表記法 / 倭文体 / 仮名 / 訓字 |
Outline of Annual Research Achievements |
古代日本語の表記体を文字単位でみれば表語的な訓字と表音的な仮名がある。萬葉集についていえば、歌一首を一字一音式の仮名表記の場合、多音節訓仮名が排除されるなど、訓仮名と音仮名の区別が自覚されているものと考えられる。これを用字(文字選択)からみれば、萬葉集には訓字・訓仮名・音仮名の三つの用字があり、これらの集束によって歌一首の表記体が記述できる。このような仮説モデルを立てると、萬葉集における「歌の表記体」の種別は用字法の制限という観点から記述できる。次に「語の表記体」や「音節の表記体」において用字法の制限があり得るかを調査したところ、用例分布からはある程度の固定性が認められる。「音節の表記体」についていえば、頻用する字種と稀用の字種の二極化する傾向があり、「変字法」の解釈によってはその対立はより一層顕著に認められる。たとえば集中の「コヒ」(恋)約600例中、概算で「戀」500例、「眷」1例、「古非」50例、「故非」17例、「古飛」「故飛」各2例、「孤悲」30例、「孤非」1例、「都麻胡非」1例となる。仮名表記を音節毎にみれば「古・故・胡・孤」と「非・悲・飛」である。しかし、「非」を使わない傾向にある巻5の「飛」の特殊性を除けば、最も可能性があり得る「古悲」の例がない。この事実は単純に音節毎の使用頻度の高い字種を用いているのではなく、「古非」と「孤悲」の二系統の表記体が標準だった可能性を示す。この中間体に「孤非」「故悲」が位置づけられる。語の表記体には用字法制限による「綴り方」の標準が存在しているものと考えられる。 今期は他に中国雲南省のナシ語で教育が行われている中学校・高校での表記体調査ができた。生徒らの使用する文字は漢字である。結果、ナシ語文を背景とした語序の配列によるある種の訓読文が形成されることが確認された。これは予想外の成果で奈良時代に近しい書記環境と推測される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
今期は、中国雲南省におけるナシ語母語者の表記体調査を行った。これは当初計画では交渉を経て28年度に実施予定であったが、先方及び仲介者の尽力により、早めて着手することになった。そのためやや作業手順を前後させることになったが、いわゆる「変体漢文」の表記体が現代に確認できたことは予想外であった。これまでの調査で時折語序が転倒するものがあったが、被験者は大学生もしくは成人であったため、すぐに修正をする。結果的に誤った中国語作文程度の事例は確認できていた。しかしやや若年層になると単語に対応する漢字学習が先行することもあり、母語の順に漢字が並びやすい傾向がある。助辞は補読するため結果的に人麻呂歌集詩体歌に近い表記体が観察される。文章語がない環境下での漢字の母語読み(文節単位)から文形成へという「訓読」形成の過程を考える上で示唆的な事例と考えている。 他に、本課題の成果報告会を外部招聘講師による講演とともに開催することができた。その議論において、「表記に対する規範形成が脆弱なものほど表記体は固定しやすく、規範が強固なものほど多様な表記体の選択可能性が拡大する」という我々の仮説を立証する上での方法が検討された。語の表記体の形成と音節の表記体の制限がどの程度関連しているかを分析することで、上代特殊仮名遣いが「歴史的仮名遣い」であったことを、音韻史だけではなく、表記史の観点から記述することが可能との結論に至った。ただ目下直面している課題として、語の表記体が既存の頻用字群に支えられているのか、その語を多用するから結果として頻用字群が生じるのかという点は、木簡の表記体の統計分析を俟って再度検証する必要がある。しかし、一案として、常用される音節の表記体(頻用する仮名)だけで記されていると仮定すると矛盾をきたす事例を集積することで、「綴り方」の標準化を問いつつ、仮名遣いの背景を探索できると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
今期は、28年度計画を一部前倒しで実施した。幸運にも予想外の成果に恵まれたとはいえ、その分析に注力したため日本書紀の用字法解析が中断している。まずは計画を修正し、日本書紀と木簡の表記体分析に注力する。当初計画では統計解析を一括して28年度に行う計画であったが、これらを並行して行うことにする。作業量の分担を代表者が割り振り、10月11月の成果報告会において発表を行い、検討する。この計画修正にともない各分担者のエフォートを1%上げることについては了承を得ている。
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Research Products
(5 results)