2015 Fiscal Year Research-status Report
「場の創出」としての文法化:不定冠詞は何故定冠詞より遅く出現したのか
Project/Area Number |
15K02614
|
Research Institution | Hosei University |
Principal Investigator |
大澤 ふよう 法政大学, 文学部, 教授 (10194127)
|
Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
Keywords | 定冠詞 / 不定冠詞 / 古英語 / 中英語 / 文法化 / 通言語的 / 言語習得 |
Outline of Annual Research Achievements |
「冠詞」は、現代英語において重要な働きをしており、その習得は日本の英語教育においてもよく話題になる。現代英語だけを見ていると「冠詞」は普遍的な存在であるように思え、日本人英語学習者がうまく使いこなせないのは、学習の方法、あるいは英語教育に問題があるのではないかと言われる。また母語である日本語には「冠詞」は存在しないので、日本人がうまく習得できないのは母語の影響であるといった意見もある。この研究はそうした従来の考え方を真正面から見直し「冠詞」が普遍的な存在であるかどうかの検証を行うものである。 英語の歴史を遡ると古英語においては現代のような義務的に必要とされる「冠詞」は存在しなかったことがわかる。義務的冠詞は14世紀末ごろの中英語期において出現したことが資料から裏付けられる。本研究は義務的な冠詞類(determiner)が何故出現したのかという問題、またその出現が古英語では不可能だった統語構造を可能にしたことを明らかにした上で、不定冠詞が何故定冠詞より遅く出現したのか、という問題を解明することを目指す。その際、有効な考え方として生成文法の理論が活用出来ることを見る。 この「冠詞」の出現は歴史言語学でよく話題にされ、語彙的な要素が具体的な意味を失い、文法的な要素に変化していく「文法化」という現象の1つでもあるが、新しい「文法化」の観点も提示したい。 「冠詞」の問題は英語の通時的変化の中心に据えられるべきトピックであり、通言語的な分析の切り口の1つとして使う事によって言語の差異がどこに起因するのかという問題を解明する糸口になることを明らかにしたい。 平成27年度は、こうした点についてまとめたものを幾つかの学会のシンポジウムで発表を行いまた論文も執筆することができた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成27年度は、先行研究のまとめと評価を行うことを目標に掲げ、その中から仮説につながる新しい分析を少しでも提案することをめざした。まず、本研究を遂行する上での重要な現象である「文法化」に関する先行研究をまとめて踏まえるべき点と批判的に継承すべき点を明らかにした。 文法化に関しては古くはMeillet (1912), そしてGivon (1979), Janda (1980) Lehmann (1982), Traugott and Heine (1991) Allen (1997), Hopper and Traugott (2003)など様々なアプローチから多くの先行研究が存在するが、ほとんどの先行研究では、 「文法化」とは語彙的要素が、具体的な意味を失い文法的要素に変化した現象として分析されている。それに対して、統語構造の観点からの文法化という視点がないと、英語史において起こった様々な変化が分析できないということをある程度明らかにすることができた。この新しい文法化の概念を導入すると、一見「脱文法化degrammaticalization」(cf. Ramat 1992, Norde 2009)、つまり文法化への反例と見える現象が歴史には起こっているが、実はこれらは反例ではなくてこれも文法化の1つであるということが理解できることを明らかにした。 また、冠詞の研究は名詞句構造の解明を含むので、名詞句構造についての生成文法の先行研究についての評価も行った。名詞句の主要な部分は、語彙的意味を担う名詞が中心、つまり主要部である構造なのではなく、冠詞などの決定詞 (determiner)が主要部であるというDP仮説が,英語の変化を説明するのに有効な理論であることをみた。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後は得られた知見を活用して自らの仮説を構築していくことをめざす。仮説を検証するため、古英語、および、中英語のコーパスを活用して、数量的側面からも仮説をサポートする。得られた結果に基づいてさらに仮説の精緻化を図る。 また「文法化」の従来の分析に対して、「場の創出」としての文法化という仮説を構築し、名詞句や冠詞に関する英語において観察されている現象を説明出来るかどうか、詳細に検討する。 仮説の検証手段としてYCOE,PPCME2などのコーパスを使うことを考えている。これらの電子コーパスを活用して、主要部 D のソースとなる古英語における指示詞se/seo, 属格語尾 -esと数詞anの格差を数量的に捉えて、それぞれの発達の違いをその面から捉えられることを提示する。これらの語が文法化において果たした貢献度が違っていること、その違いは古英語における存在の仕方に起因することを示したい。また冠詞の本質を「統語的必要物」として捉えることで、現在、世界の言語に見られる格差が説明できることを証明したいと考えている。
|