2016 Fiscal Year Research-status Report
外国語における語彙的誤出力の要因とその予防策―母語の多義性の観点から
Project/Area Number |
15K02773
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Research Institution | Shujitsu University |
Principal Investigator |
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
西谷 工平 就実大学, 人文科学部, 講師 (80633627)
中崎 崇 就実大学, 人文科学部, 准教授 (60554863)
小田 希望 就実大学, 人文科学部, 准教授 (70435337)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 第二言語習得 / 外国語教育 / 転移 / エラー / 母語の意識の活性化 / 母語と外国語の違い / 異文化理解 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、外国語学習者(とくに英語を学習する日本人大学生)が産出するエラーを、おもに英語学と日本語学の観点から分析し、その予防策を探究することにある。本研究は①エラーの収集・分類、②エラーの要因分析、③エラー予防の指導法の考案・検証というサイクルの構築を目標としているが、平成28年度の研究はとくに②に注力した。というのも、少なくとも言語学的観点からすれば、エラーの要因は当初の想定よりも根が深く、複雑に入り組んでいるということが判明したからである。平成28年度ではまず、前年度の研究で問題提起した“I think”に関するエラーを詳細に分析した。結果として、「と思う」から“I think”への翻訳に容認度の差が見受けられることから「と思う」には翻訳曖昧性の問題が関与すること、「と思う」の付加条件は複雑だが母語ゆえに意識されにくいこと、「と思う」と“I think”は用法が近似しつつも付加条件に違いが認められること、そしてそこに思考表明方法に関する日英の価値観の違いが絡み合いエラーに至ることを明らかにした。次に、平成28年度では新たに、複数形態素“-s”に関するエラーに分析の手を広げた。従来の第二言語習得研究で“-s”は比較的早い段階で習得されると言われてきたが、分析対象の大学生が記述した英語では“three school”や“many user”など“-s”の欠落が珍しくない。これは、日本語の複数性を表す文法的手続きが名詞の種類に依拠し随意的であるのに対し、英語では、その手続きがもっぱら名詞の可算性に依拠し義務的であるからであり、その違いがエラーにつながっている可能性を明らかにした。以上の分析から、本研究は無意識的な母語知識が形態素(-s)から語(could)、文、そして文を超える階層(I think)にまで根を張り、外国語のエラーを引き起こしている可能性を明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究の進捗はやや遅れている。というのも、「研究実績の概要」で述べたように、“I think”と複数形態素“-s”のエラー分析に当初の想定よりも多くの時間を要したからである。詳述すると、平成27年度で扱った“could”のエラーは、翻訳対応関係にある「できた」との意味的差異を主な要因とするため、概ね意味レベルで捉えることができる問題と言える。そのため、エラー分析から予防策の考案・検証への移行は円滑であった。これに対して、平成28年度で扱った“I think”や複数形態素“-s”のエラーは一筋縄ではいかない。“I think”のエラーは、意味レベルだけで捉えることが困難な問題である。“I think”のエラーには翻訳対応関係にある「と思う」との付加条件の違いと、思考表明方法に関する日英の価値観の違いが関与する。こうした言外の要因は意味レベルの要因に比べて複雑に入り組んでおり、相応して解明に時間を要した。また、複数形態素“-s”のエラーは、日本語ではその付加が随意的であり、随意性のレベルも異なるため、その仕組みを解明するまでに想定外の時間を要した。また、これらのエラーは、その要因の複雑さに相応して、予防策の考案・検証にも多くの時間を要すると予測される。以上の状況から、“could”のエラー分析に要した時間を根拠に“I think”と複数形態素“-s”のエラー分析に要する時間を確保したものの、それらの要因が想定以上に複雑であったため、確保した時間に分析が割り込む形となり、進捗の遅れにつながったと考えられる。したがって、本研究の目標である①エラーの収集・分類、②エラーの要因分析、③エラー予防の指導法の考案・検証というサイクルの構築の観点からすれば、①と②については一定の進捗が認められるものの、平成28年度はとくに②に多くの時間を要したため、結果として③の進捗が遅れることになった。
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Strategy for Future Research Activity |
先述の進捗状況を鑑みて、平成29年度は今後の研究を見越したエラーの要因分析と、これまでの研究の総括を目標とする。平成28年度の研究の推進方策で述べたように、エラーの予防策の考案・検証が可能な範囲を見定めるためには、まず、エラーの分類に基づいてロードマップを構築する必要がある。本研究はこれまでの分析を通して、形態素(-s)から語(could)、文、そして文を超える階層(I think)という分類の大枠を形成してきたが、それぞれの分類にひとつのケースしか充当していないという点で、この枠組みはまだ脆弱である。平成29年度は本研究の最終年度であるが、平成30年度以降の科研費による研究継続を見越して、エラーの要因分析のケースを追加し、枠組みの強化・補完を図りたい。そのひとつのケースとして、平成29年度は前置詞“by”のエラーに焦点を当てる。分析対象の大学生が記述した英語には、“by fine weather”(“because of”が妥当)や“dance by everyone”(“with”が妥当)のように、“by”のエラーが少なからず見受けられる。このエラーには日本語の格助詞「で」の多義性が関与すると推測される。英語学習者による前置詞のエラー研究は近年すでに行われているが(たとえば、Mochizuki & Newbery-Payton, 2016)、“by”のエラーに関する英語学・日本語学的観点からの精密な分析が行われた形跡は今のところ確認されていない。そこで、平成29年度はこのケースの分析に注力し、先述の枠組みを強化・補完したい。その一方で、本研究は「多義性」を主眼としつつも、たとえば複数形態素“-s”のように、研究過程で多義性から離れたケースも扱ってきたため、ここで一旦これまでの研究を総括し、本研究の軸と方向性を明確にしておきたい。以上が平成29年度の研究の推進方策である。
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Causes of Carryover |
通例、研究に必要となる備品および関連書籍・その他文献資料を研究の進捗に応じて入手している。しかし、現時点で研究の進捗にやや遅れが生じているため、それらの入手にも遅れが生じている。また、平成28年度の研究に使用したデータの算定が年度末にまでずれ込み、研究協力者への謝金の支払いに遅れが生じたことも一因である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度使用額については、平成28年度の研究協力者へ謝金を支払ったうえで、当初の計画通りに使用する予定である。また、平成29年度分として請求した助成金についても、当初の計画通りに使用する予定である。
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Research Products
(7 results)