2015 Fiscal Year Research-status Report
中世文献史料の複合的性格と知識の共有および継承についての研究
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15K02826
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
本郷 恵子 東京大学, 史料編纂所, 教授 (00195637)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 古記録 / 古今著聞集 / 紙背文書 / リテラシー |
Outline of Annual Research Achievements |
中世社会を知るための文献史料は、大きく古文書・古記録・編著物の三種に分類されており、それぞれが特有の性格を持っている。一方で、記録の中に貼り継がれた文書や紙背文書、発給文書の記録である引付、史書や説話が引用・依拠する文書や記録等、三種の史料は相互に関係しあい、乗り入れあいながら存在している。さらに中世史料が現代にまで伝来する過程には、書写・保管と廃棄・利用等にあたる人々の意識や価値観が大きく関係している。このような文献史料の複合的性格に注目し、その具体相を提示するとともに、前近代を通じての情報の管理・継承の方法を考察し、歴史学的視点からのリテラシー論の見通しをつけることが、本研究のめざすところである。 中世社会において、様式・礼節を踏まえ、適切な文体を選んで、体裁の整った文書を作成することのできる人々は限られており、特殊な教育・訓練を受けた層といってよい。一方で、社会的な伝達・意志や価値を媒介する道具として、文書に対する需要は非常に高い。文書の作成能力や読解能力の有無とは別に、庶民も含めて中世の人々が文書を認知し、感受する能力や文書に対する親和性もまた非常に高かったと考えられる。 本研究では、上記三種の分類の境界が曖昧な部分、重なり合う部分に注目しながら、中世社会における文書や文献の位置・役割を考えていく。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2015年度は、説話についての検討を行い、『古今著聞集』における俊乗坊重源関係の説話に注目した。重源は二六段(神祇)・六〇〇段(変化)・六九二段(魚鳥禽獣)に登場するが、二六段以外では、伝来の過程で「春舜房」「春豪房」の誤写が生じている。とくに六九二段については、これまでとりあげられることがなかったが、重源の伊勢神宮参詣時のエピソードと考えられることを指摘した。ここでは、仏教の殺生禁断と神道の殺生祭祀との葛藤がテーマとなっており、重源と並んで中原師員が主役となっている。師員は専修念仏の信者で、行基が創建した西芳寺を、法然を招いて浄土宗寺院とすることによって再興した。また彼の妻は、西大寺叡尊の鎌倉下向の際に宿坊を提供するなど、叡尊の有力な支援者であった(『関東往還記』)。師員と重源とを併せ考えることで、重源と専修念仏との関係、また専修念仏と勧進との関係が浮かびあがってくる。さらに第二六段の、伊勢神宮に参詣して、東大寺建立の願を認められたこと、第六〇〇段の上醍醐で写経中に天狗にさらわれたことという他の説話と総合的に考察して、『古今著聞集』が、勧進・専修念仏・神祇信仰・修験等の重源の多面的な信仰や活動の全容を描いていることをあきらかにした。この結論は、『古今著聞集』が専修念仏信仰者の交流の中で編纂されたとする研究代表者の過去の論考とも一致する。 ほかに、書札礼に関わる分野では柳原家に伝来した「消息案」の翻刻を進めており、西尾市岩瀬文庫に出張して原本校正を行った。
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Strategy for Future Research Activity |
2016年度は「消息案」の翻刻を完成させるとともに、背景となる政治的な事情や編集の経緯について探る。また日記の中に書きとめられた文書や紙背文書の礼式について検討する。これらは永続的な効力を持ち、保存を前提としている文書の様式論とは異なった体系を成しているであろう。 ほかに史料の書写・伝来の問題に関わって、尾張の国学者の足跡を検証する作業を行うこととしたい。
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Causes of Carryover |
研究協力者の雇用が、年度途中からとなったために、人件費についての余剰が生じたことと、調査計画の当初予定からの変更があったために、旅費の支出が減額となった。調査については、すでに2016年度に入ってすぐ、1件を実施している。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
研究計画全体を通じて、予算規模がそれほど大きくないため、研究終了時までを視野に入れて、立案をしていく予定である。2016年度の使用計画は、物品費300,000 旅費400,000 人件費・謝金500,000 その他253,439 である。
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