2016 Fiscal Year Research-status Report
中世文献史料の複合的性格と知識の共有および継承についての研究
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15K02826
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
本郷 恵子 東京大学, 史料編纂所, 教授 (00195637)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 儀礼 / 故実 / 消息 / 原文書 / 国学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、多様な文献史料について、それぞれの固有の性格に注意しつつ、相互の関係性を探り、重ねてそれらが現代に伝来するにことを可能にした人々の価値観を探ることを目的としている。2016年度は、①貴族社会の礼式に関わる書状の交換や先例を記録した史料の分析と翻刻、②伝来が複雑で、一部散逸してしまっている文書群について、現所蔵者の探索および伝来の事情の検討、③尾張の国学者の足跡の検討の3つのテーマについて研究を実施した。 ①は儀礼や故実に対する興味や現実的な必要に迫られて、先例を問い合わせたり、意見を求めるためにやりとりされた書状等の集積で、それじたいが有用な知識・議論であると認識され、記録されたものと思われる。勘返状や女房奉書等、口語的な表現が用いられているものも多く、貴族社会におけるリアルな意見交換やロジックの構成を知ることができる。一方で、全体の脈絡や編集方針等を見出すことが難しく、今後、同時期の記録等を探索しながら、さらに検討する必要がある。②は、特定の家に伝わった史料群が、伝来の過程で他家の史料をとりこみ、一部流出するなどの、複雑な事情に陥ったケースを検討した。伝来に問題があるだけでなく、それを扱う研究史のうえでの誤認等もあり、混乱が深まったという経緯がある。このような場合には、混乱を解きほぐすとともに、どの時点での文書群のまとまりを意味あるものと解釈するかが問われることとなる。また③では、いくつかの重要史料の写本をのこしながら、必ずしも事蹟のあきらかでない尾張の国学者に注目し、各所に散逸している写本の調査を継続している。 以上の調査・検討を通じて対象としたのは、複眼的な方法によらなければ価値を見出すことが難しい史料群である。これらの史料群が長年月の間に抱えてきた事情のすべてを明らかにすることは簡単ではないが、できるかぎり研究を深めていきたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2016年度の具体的な進捗状況は、以下のとおりである。 ①西尾市岩瀬文庫所蔵『消息案』の翻刻を行い、「史料紹介」として『東京大学史料編纂所研究紀要』27号(2017年3月発行)に掲載した。柳原家旧蔵の『消息案』は、応永25年(1418)~天正5(1577)にいたる種々の史料を書写したものである。なかに「薩戒記」逸文を含むなど、他にみられない史料が写されており、興味深い内容といえる。文書の文面のほか、封式等についても詳細に論じられ、複数の意見やロジックが錯綜している様子をみることができる。 ②千葉氏の庶流原氏に関係する『原文書』の伝来について検討した。『原文書』は、永禄~天正年間(1558~1592)のものを中心とするが、なかに上野国の富岡氏の文書が、宛所を切断された状態で多数混在している。原・富岡両氏は、ともに下総結城において結城秀康に召し出され、秀康の移封にともなって、越前福井藩に仕えるところとなった。福井藩士という共通項によって関係を持ち、何らかの事情で、富岡氏から原氏に後北条氏発給の文書が移管されたと考えられる。「福井藩」という要素は、その後の伝来でも重要であり、原氏が代々伝えてきた同文書は、1956年の段階では、福井藩の御典医の末裔でコレクターとして著名であった開業医の岡部敢氏(東京在住)が保管するところとなり、そこから散逸していったらしい。現在では大部分が千葉市郷土博物館の所蔵に帰し、富岡文書の混入も含めて『原文書』のたどった歴史の一部と考え、一括史料として認定されている。このほか、同じく散逸が著しい文書群として『長福寺文書』に注目し、同寺所蔵の『長福寺寺記』の翻刻を進めた。 ③尾張の国学者である取田(橘)正紹に注目し、彼の書写史料について検討した。筑波大学図書館に出張して、同人の著作および奥書を持つ史料の調査を行った。
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Strategy for Future Research Activity |
2017年度には、日記の中に書き留められた文書の性格や、その礼式について考察する。また、『原文書』や取田正紹書写本についての調査・検討の成果をまとめる。以上を総合して、報告書を作成することを予定している。
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Causes of Carryover |
2015年度、研究協力者の雇用が年度途中からになったこと、また調査計画等に変更があったために減額が生じた。2016年度は、当初からの予定額で研究を遂行したために、2017年度への繰り越しが発生した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
研究の全期間を通じて、予算規模がそれほど大きくないので、研究計画全体で執行を考えたい。2017年度は、本研究全体をまとめるための調査や報告書の作成その他で、これまでの2年間にない支出が生じると見込まれるので、そちらに充てていく予定である。
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