2015 Fiscal Year Research-status Report
近代中国における「民意」・「敵意」の形成と民俗・象徴を巡る社会統合
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15K02897
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
丸田 孝志 広島大学, 総合科学研究科, 教授 (70299288)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
水羽 信男 広島大学, 総合科学研究科, 教授 (50229712)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 象徴 / 民俗 / 民意 / 時間 / 物語 / 伝記 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究代表者は、中華民国期の通書(民間暦)に記載された象徴と時間の問題について研究を進め、伝統を価値とする権力が、暦に込められた民間信仰や暦の伝統的体裁を利用しながら、そこに近代的要素を導入し、社会統合、政治動員を推進していく状況を確認した。 また、中国共産党(中共)根拠地における毛沢東像の浸透と民間信仰を利用した烈士追悼儀礼の組織の意義について、日本と中国の社会構造と政治動員のあり方の相違を意識して検討した。 この他、1930年代から建国初期における毛沢東の物語・伝記の成立と展開に関する研究を進めた。スノー著『中国の赤い星』よりも毛の人間的な魅力を伝える中共公認の伝記が、毛沢東の最終的権威の確立に合わせて執筆されたこと、建国後には中国の伝統文化に通じ、中国に対する深い知識を持つ毛沢東像が強調され、合法闘争も行うリアルな指導者像が後退したことなどを明らかにした。毛の伝記は、成立当初から毛の「民衆の学生になる」「人民に奉仕する精神」を称賛しており、これが共産党員の基本的徳目として強調された。このようにして、自己犠牲の精神と民衆への慈愛に満ちた指導者の物語を通じて、「人民の意志」を最も知り体現した無謬の英邁な指導者による「人民の意志」の解釈権の独占が完成したことを確認した。このような状況は、善なる天の意志によって統治する真明天子が、民意を天意に回収する構造にも類似していることを確認した。 研究分担者は、中国リベラリズムの「愛国」「民主」に関わる議論を検討し、「愛国」を中国変革の手段と位置付け、連邦制的な統合を容認し、個の尊厳の保障を最重要の価値として「当事者主権」を堅持し続けた思想の広がりから、中国近代史の「もう一つの可能性」を展望した。また、このような可能性を孕む中華人民共和国建国初期の中国民主建国会の政権構想と人民代表大会選挙への対応について検討した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
民国期の通書(民間暦)の体裁の検証を通じて、暦書が民俗・信仰の文脈において近代的な要素を吸収していく過程を確認し、伝統を価値とする権力が、このような民俗の習性を利用して、独自の近代化を志向していた状況を確認した。 また、伝統的な権力の正統性を支える天命思想と中共権力の構想する民意を代弁する「英邁な指導者」の思想の構造の類似性、これを浸透させる方法としての物語、伝記の位置づけを確認した。物語、伝記の成立のそれぞれの段階において、指導者のイメージ形成が「民意」に仮託する形で行われていることを確認し、日中戦争期、国共内戦期、建国初期のそれぞれの時期における政治・社会情勢に対応する民意の動向に着目して、伝記・物語の変遷を検討する見通しを得ることができた。 以上の検討を通じて、民国期の諸政治権力の民俗・象徴を利用した正統性獲得の手法についての基本的な分析視角を獲得することができた。また、伝統の継承と断絶の問題を中心として、近代的政治権力による社会統合に対する社会の反応を民俗と象徴の視点から分析するための一定の視角を獲得できた。このように、民意の形成と社会統合を巡る本研究課題を効果的に推進する方法上の見通しがついた。 これらの成果の一部をまとめた論文を2編投稿中であり、研究はおおむね順調に進展している。 史料については、中共関係の新聞・雑誌等の内、未入手のものの所在を確認しており、利用の目途を付けている。教科書、パンフレット、単行本類については、基本的なものを収集し、稀少なものも鋭意収集している。また、香港での史料調査により、中華人民共和国建国初期の農村の民間信仰と政治運動の状況を報告した内部資料を収集した。
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Strategy for Future Research Activity |
中共などの政治権力が民意を権力の論理によって解釈し、これを独占していく過程・構造、中共の権威が民意を装って社会に浸透する過程・構造に関する分析を進める一方で、社会の側の権力に対する同調、読み替え、非協力、抵抗、反抗の論理を、民俗・象徴を手掛かりとして検討を進める。中共や毛沢東の象徴が民俗を利用しながら社会に浸透していく過程に対応する形で、民間信仰、民俗的儀礼、民間結社の組織手法などの視点から、政治動員に対する社会の反応を考察する。 この際、権力が提供する指導者の物語・伝記に対応もしくは対抗する形で、社会的に広がった指導者に関するデマ・噂話の類や集団的迷信行動の問題にも特に焦点を当てる予定である。また、社会の反応が指導者の物語・伝記にもたらす影響にも注意して分析を進める。 民間信仰等に関して基礎とする史料は、内部報告史料であり、これらが伝える指導者のイメージやデマ・噂話の類と、マスメディアが伝える指導者のイメージ、指導者のイメージを支える公式の伝記、「公認」の民話・伝承類との間に現れる緊張関係を読み解くことで、人民共和国建国初期の権力と社会の緊張関係を立体的に描くことができると考える。 対象は戦後国共内戦期から中華人民共和国建国初期の東北地方を中心とするが、デマ・流言・迷信行動は、全国的に確認される現象であり、また史料の性格上、東北地方に限定して議論を構成するのに十分な内容を収集することが困難であるため、対象を全国に広げて検討する。 方法としては、明清期までの王朝の祭祀・儀礼・信仰に対する政策と民間信仰の構造についての理解を深め、清末・民国以来の構造の変化と継続の問題に注意を払いつつ分析を行う。新聞・雑誌記事、教科書、内部報告資料等について、中国国内・香港その他で史料収集を継続する。特に各地の党・政府機関の報告資料を重点的に収集する。
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Causes of Carryover |
研究分担者が当該研究の目的を十分に達成して研究を終えたため、これ以上の支出をする必要がなくなり、少額ではあるが、次年度に研究代表者が有効活用することを意図して残使用を留保した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
研究分担者は本年度において、研究を終了したため、次年度において、研究代表者が1950年代の文書史料を重点的に購入する経費の一部に充てて使用する予定である。
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Research Products
(4 results)