2016 Fiscal Year Research-status Report
越境するバスクのトランスナショナル社会空間に関する地理学的研究
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15K03021
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Research Institution | Kyoritsu Women's University |
Principal Investigator |
石井 久生 共立女子大学, 国際学部, 教授 (70272127)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 人文地理学 / バスク地方 / アメリカ合衆国西部 / バスク人コミュニティ / トランスナショナル社会空間 / 中部アメリカ |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度当初の計画では,移民の出身地のバスク地方と,移住先のアメリカ合衆国カリフォルニア州ベーカーズフィールドとネヴァダ州エルコにおいて調査を実施する予定であった。しかし,アメリカ合衆国に先立って調査を実施したバスク地方においてバスク政府外交局関係者に聞き取り調査を実施した際,1980年代にキューバに移住したバスク人を紹介され,その移住の経緯が特殊(政治亡命)であり,貴重な情報が得られる可能性が高かったことから,調査地をアメリカ合衆国からキューバとメキシコに急きょ変更した。 19世紀後半にアメリカ合衆国西部に移住したバスク人は,多くがキューバやメキシコに移住したバスク人の再移住者であったといわれる。したがって,トランスナショナル社会空間の実態を調べるうえでは,これらも研究計画からそれた調査地とはいえない。キューバやメキシコにもバスク人コミュニティは存在するものの,組織化の程度はアメリカ合衆国西部諸都市と比較すると弱い。キューバの首都ハバナ,メキシコの首都メキシコ市のバスクセンター関係者によれば,両市とその周辺に居住するバスク人は数千人規模に及ぶものの,バスク人会メンバー数は両都市とも500人弱に満たず,バスク人会の活動も活発でない。現地社会への同化が進み,コミュニティの存続が危惧される状況にある。このような衰退傾向は,アメリカ合衆国西部各都市の事例と,よい比較考察の対象となる。両者の比較からバスク人コミュニティの活性化の鍵が明らかになるであろうが,その作業は今年度の大きな課題である。ただし,キューバやメキシコのコミュニティ衰退傾向にもかかわらず,政治的緊張の高まりのような特殊な環境下では,かつて移民が形成した移住ネットワークが機能する点は大変興味深い。今後ラテンアメリカを含めたトランスナショナル社会空間を解明する研究計画を立案する意味は大いにありそうである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の研究計画では,平成28年度は移住先のアメリカ合衆国カリフォルニア州ベーカーズフィールドとネヴァダ州エルコにおいて調査を実施する予定であったところ,調査中に得られた成果から調査対象地をキューバとメキシコに変更したことから,本来の調査予定が進行しなかった。その点では研究計画は遅れていると判断せざるをえない。 しかし,メキシコやキューバのバスク人コミュニティとの比較が,アメリカ合衆国西部諸都市のバスク人コミュニティ活性化の原因を考えるためのヒントとなりそうなので,その点では大きな収穫を得たといえる。また,キューバの亡命バスク人の事例は,トランスナショナル社会空間におけるモビリティを考えるうえで,貴重な示唆を与えてくれた。この件は個人情報にも触れるので,慎重に分析を進める計画である。 研究成果の公表は,2件の出版物の作業に従事したため,論説としての公表は遅れ気味である。出版物は,学文社から発行予定の『世界の博物アメリカ』の第8章「アメリカ西部のバスク人とアイダホ州ボイジーのバスク博物館」,朝倉書店から発行予定の世界の地誌シリーズ『中部アメリカ』の第1章「中部アメリカ地誌へのアプローチ」と第6章「都市化する中部アメリカ――急速な都市化と不均衡な集中」として寄稿済みであるが,現在編集作業が進行中である。
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Strategy for Future Research Activity |
研究計画最終年度にあたる平成29年度は,研究の総括作業を進める。ただし,さきに【現在までの進捗状況】で説明したように,平成28年度の調査地を変更したため,調査ができなかったアメリカ合衆国カリフォルニア州ベーカーズフィールドとネヴァダ州エルコにおいて現地調査を実施し,バスク系住民のデータを収集しなければならない。ベーカーズフィールドのバスク人会や朴長会社とはすでにコンタクトをとっているので,調査はスムーズに進行すると予測される。ネヴァダ州エルコのバスク人コミュニティとも連絡は取っているものの,ベーカーズフィールドほど綿密に調査計画を立てていないため,今後調整が必要である。エルコのバスク人会は最近衰退傾向にあるので,他の諸都市のバスク人会との比較事例となることが期待できるし,それをキューバやメキシコの事例と比較することでも,衰退と活性化の鍵を明らかにすることに近づけることが期待できる。 総括調査として移民出身地のバスク地方における現地調査も重要になる。最終年度はバスク政府外交局における調査を重点的に実施する計画である。バスク政府はアメリカ合衆国やキューバ,メキシコなど各地にあるバスクセンターを組織化する作業を1980年代から進めており,移民が途絶えて以降のトランスナショナル社会空間を維持する重要な役割を担っている。バスク政府が各地のバスク人コミュニティにどのように関与するのかを明らかにすることで,トランスナショナル空間の制度的側面が解明されることが期待できる。 研究成果は論説としてまとめ公表する予定であるが,同時に日本地理学会の学術大会でも発表する計画である。
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