2016 Fiscal Year Research-status Report
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15K03085
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
酒匂 一郎 九州大学, 法学研究院, 教授 (60215697)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 法哲学 / 理念主義 / ラートブルフ / ハート / ドゥオーキン / アレクシー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は理念主義法哲学の展開を図ろうとするものである。理念主義というのは、法哲学における現実主義及び実証主義に対置されるもので、法理念としての正義が文化的現実としての法の構成的原理であるとともに統制的原理でもあるとするG.ラートブルフの法哲学的立場、そしてこの立場に属すると考えられる現代の法哲学者の立場を指す。本研究はこの理念主義法哲学の基本的特徴とこの立場に立つ法哲学者冠の差異を明らかにするとともに、本研究の観点から、とくに言語行為論に依拠してさらに展開させ、法の概念、理念、そして法的思考にわたる総合的な法哲学の展開を図ることを目的とする。 ラートブルフの理念主義法哲学の特徴は法を実践的な観点に立って捉えようとする点にある。この実践的な観点は、ハートのいう観察者の外的視点と関与者の内的視点の区別では内的視点にほぼ該当する。本研究ではラートブルフの実践的観点をハートのこの視点の議論に関連づけて解明しようと試みた。ハート自身は法実証主義に立つが、悪法に関するその定式は実践的な観点から理解するほかなく、そのように解するとラートブルフの受忍不能定式とほとんど異ならないこと、またドゥオーキンも晩年の著作においてラートブルフ定式とほぼ同様の議論をしており、理念主義法哲学の射程の広さを示すことができた。 また、ラートブルフ法哲学の現代的意義については、ドイツの連邦通常裁判所および連邦憲法裁判所が戦後のナチス裁判および再統一後の「壁の射手」事件裁判においてラートブルフ定式を受容して適用してきたということが注目に値する。本研究ではこれらの判決およびそれに関する議論の分析を通じて、ラートブルフ法哲学の意義と射程を明らかにしようと試みている。平成28年度はこのうち戦後のナチス裁判判決についての研究を論文にまとめた。さらに、理念主義法哲学の言語行為論による展開の研究も進めているところである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ラートブルフ法哲学を実践的観点に立つ理念志向の法哲学と捉える研究は関西大学の竹下賢教授にもみられる。竹下教授の『法秩序の効力根拠』(2016年)はラートブルフを一つの出発点としつつ、法の事実性と規範性を統合する存在論的な法概念論および法妥当論を展開している。竹下教授の法の規範性には価値理念志向性も含まれており、その存在論的な法概念論および法妥当論は、事実、規範、価値の三つの側面をもつものと捉えるラートブルフのそれとほぼ同様の構造を示している。平成28年度は、竹下教授の見解とラートブルフの見解の比較検討の結果に加え、上記のハート及びドゥオーキンにおける実践的観点の存在とラートブルフ定式類似の見解に関する本研究の成果を、論文「理念志向の法哲学--ラートブルフと現代法哲学--」(『法理論をめぐる現代的諸問題』晃洋書房2016年)にまとめるて公表するとともに、2016年度日本法哲学会のワークショップにおいて報告した。 ラートブルフ法哲学の現代的意義については、戦後のドイツの裁判所の判決でラートブルフ定式が受容されてきたことが注目される。上記のように、平成28年度は主要な判決におけるその適用に関する研究を論文にまとめた(『法政研究』第84巻第1号掲載予定)。ラートブルフ定式は耐えがたいほどに正義に反する法令の効力を、また正義をまったく追求していないと認められる法令にはそもそも法としての性格を例外的に否定するものであることから、これを自然法論であるとしてその適用を批判する見解もあるが、ナチス的不法の法的処理にとっては避けられないと考えられること、他方でラートブルフの正義の理解はリベラルなものであって、「婚前交渉」事件判決にみられるような特定の倫理の法的強制を認めるものではないことを指摘した。 理念主義法哲学の言語行為論による展開の研究については、今後の研究の進捗方法等に記載している。
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度は戦後ドイツの裁判所においてラートブルフ定式が受容され、ナチス裁判において適用されてきた経緯に関する研究を論文にまとめた。これに次いで、再統一後の「壁の射手」事件判決における援用とそれに関する賛否両論の議論について研究を進めてきており、平成29年度はその成果をまとめて公表する予定である。ラートブルフ定式の援用に関する肯定的評価(R.アレクシーら)と批判的評価(H.ドライアーら)を検討して、戦後からのドイツの裁判所のラートブルフ定式の受容からすれば、再統一後の裁判におけるその適用は理解できるが、国境警備兵については責任阻却の可能性があったことを示すとともに、ラートブルフ定式の意義と射程について一般的な結論をまとめたい。 ラートブルフの理念志向の法哲学を普遍的語用論によってさらに展開するという研究計画については、なお準備的な研究を進めている。とくに、ラートブルフの「文化的現実」という概念の構造を明らかにするために、事実と価値の二分法を超えて「道徳的事実」という観念を打ち出している現代の道徳哲学者(D.ウィギンスやJ.マクダウェル)の議論を検討している。これらの議論については批判(S.ブラックバーン)もあるように、道徳的事実の構造の不明確性、語用論的観点からの分析の可能性など、なお検討を要する。 他方、ラートブルフが必ずしも注目していなかった事実と規範の二元論を超える視点は、言語行為論による「制度的事実」についての研究(J.R.サール)や制度主義法哲学(N.マコーミックら)に見られ、本研究においてもすでにこれまでに参照してきた。以上を総合することにより、ラートブルフの法概念論における三つの要素、すなわち法における事実、規範、価値を統合的に把握することが可能になるとともに、理念主義法哲学の哲学的基礎を明らかにすることができると考えており、今後はこの点の研究を進めたい。
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Causes of Carryover |
物品(図書、インクカートリッジ等)の購入に際し、わずかながら使い遺しが生じたためである。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
物品の適切な購入に当てる予定である。
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