2015 Fiscal Year Research-status Report
近世・近代日本における科学と政治思想ー蘭学の比較政治思想史研究ー
Project/Area Number |
15K03286
|
Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
大久保 健晴 慶應義塾大学, 法学部, 准教授 (00336504)
|
Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 政治思想 / 蘭学 / 科学 / オランダ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、近世江戸期における蘭学の勃興と展開について、西洋学術の伝播と東アジアの伝統との相剋を視野に入れながら、比較政治思想史の観点から検討する。そこでは、「窮理の対象領域の拡張」と「視圏の拡大」が鍵概念になる。その上で、徳川後期から明治期に至り、蘭学の伝統と蓄積に熟達した洋学派知識人達が、「開国」を通じていかに西洋近代と向き合い、「科学と政治思想」の枠組みを作り上げたのか、近代日本の始源に立ち戻って問い直すことを最終的な目的とする。 本年・平成27 年度は、オランダに史料調査に赴き、長崎のオランダ商館長や医師をつとめた、ケンペル、ツュンベリー、ティツィング、シーボルトらの著作や草稿、手紙を収集し分析を行った。彼らは17-8 世紀ヨーロッパ啓蒙思想と密接な繋がりを持つ学者・医師であり、その西洋学術の知識は蘭学に影響を及ぼしたことで知られる。さらにケンペルの『日本誌』がディドロやカント、ゲーテ、ヴォルテールらに広く読まれたように、彼らは帰国後、ヨーロッパにおける東洋学を先導した。特に今年は、2度の江戸参府を通じて中川順庵や桂川甫周らと積極的に交流し、後に北京・紫禁城で開催された乾隆帝の治世60 年記念式典にも出席した経験を持つ、ティツィングの研究に力を入れた。 またこれらの作業と並行して、1834年完成の『長崎ハルマ』(『道訳法児馬』)をはじめとした蘭和辞典類、ならびに志筑忠雄がケンペル『日本誌』の蘭語版を翻訳した『鎖国論』を取り上げ、『海国図志』や恵頓『万国公法』など中国経由の漢訳洋書との比較を通じて、西洋政治思想の重要概念が近代東アジアの出発点においてどのように翻訳され理解されたのか、分析を試みた。その研究成果として、recht, right, droit の観念の受容とその歴史的展開を解明した論文「権利」(共著『政治概念の歴史的展開 第九巻』所収)を執筆した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成27年度は、オランダでの史料調査を実施するとともに、国内での調査・研究を進めることにより、当初の予定通り、順調に研究を進めることができた。 特筆すべき大きな進展の一つは、オランダでの調査を通じて、計画通り、ティッツィングらオランダ商館長や医者達がのこした、貴重な一次史料に触れ、分析を進めることができたことである。またそれに加えて、徳川後期及び末期の蘭学者たちが接した医学、物理学、化学から地理学や統計学に至る、オランダ学術の思想史的背景について、解明する作業に着手できた。これは当初、次年度以降の実施を検討していたものである。探索すべき一次史料は膨大であり、平成27年度に触れることができたのは、そのごく一部に過ぎないが、しかし今後の研究についての展望を、より鮮明な形で描くことができるようになった。 さらに、論文「権利」(共著『政治概念の歴史的展開 第九巻』所収)の執筆を通じて、近代日本における西洋政治体制論や政治概念の導入を巡って、プリンセンのGeographische oefeningen, of leerboek der aardrijkskunde など、江戸期におけるヨーロッパ地理学の普及が極めて大きな意味を持っていたことを明らかにすることができた。このことは、「科学と政治思想」を巡る学識の連鎖と関係性を、近世に遡って解明することを主題とする本研究において、極めて重要な問題視角を獲得できたことを意味する。 以上の点より、本研究は現時点において、「おおむね順調に進展している」と考えられる。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後は、研究計画に従い、平成27年度に引き続いて、オランダ及びイギリスに史料調査に赴き、ティツィングをはじめ、ケンペル、ツュンベリー、シーボルトらの著作や草稿、手紙を収集・分析を行い、初期近代西洋と東アジアとの知の往還について解明する。 さらにその作業と並行して、長崎蘭学の史料を有する長崎歴史文化博物館、松浦史料博物館、ならびに蕃書調所蔵書を含む徳川政権所蔵の蘭書を多く残す静岡県立図書館・葵文庫や国立公文書館・紅葉山文庫など、国内における調査に着手し、江戸期の蘭学者達が書籍を通じて触れた西洋世界を描き出す。
|
Causes of Carryover |
当初は、オランダとともにイギリスでの史料調査を予定していた。しかし平成27年度は、まずオランダでの研究を重点的に行うことを優先し、イギリスでの調査は見送った。これが、次年度使用額が生じた理由である。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
イギリスでの史料調査は、平成28年度以降で実施する予定であり、当該の助成金はそれに充当する計画である。
|
Research Products
(1 results)