2015 Fiscal Year Research-status Report
近代君主制儀礼の商業的スペクタクル化に関する歴史社会学的研究
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15K03815
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Research Institution | Yamaguchi University |
Principal Investigator |
右田 裕規 山口大学, 時間学研究所, 准教授 (60566397)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | ナショナリズム |
Outline of Annual Research Achievements |
初年度に当たる本年度では、(1)研究課題に関連した内外の研究群の批判的検討、並びに(2)研究課題に関連した基礎的な史的資料蒐集、の2点を重要視しながら研究活動を行った。 (1)では、近代君主制国家での王室儀礼のスペクタクル化という史的事態を扱った研究史において、近代視覚文化史の知見を接合・導入する視点が欠落してきたことについて、日本、イギリス、ドイツ、オーストリア、ドイツ、ロシア、タイなどの事例研究から検討した。また、複製媒体や観光産業を媒介して君主の祝祭を視覚的に消費する営為の拡がりが、君主制ナショナリズム編成とどうかかわりあっていたのかを再検討する上で、ベンヤミンやシヴェルブシュらの複製技術論・視覚文化史の知見が重要な参照項となりうる可能性について天皇家の祝祭を事例にとりつつ経験的に検討した。 (2)では、大都市や地方都市の人びとが、天皇家の祝祭を娯楽的なスペクタクルとして定位・消費していった微視的な相貌について、19世紀末から20世紀前半の新聞雑誌記事や日記などから跡づけた。この調査活動から、1)20世紀初期の天皇家の祝祭では、奉祝装飾や行列などの規模を近隣の自治体同士が競いあう事態が生成されていたこと、2)祝祭時の大都市・地方都市では、スペクタクルを目当てに流入した見物者たちを〈他者〉=「田舎漢」として分断・搾取する知覚的・経済的機構が成立していたこと、の2点を把捉した。この2つの知見は、近代日本社会にあって君主のスペクタクルが社会的分断をおし進める契機として作用していた可能性を指し示している点で、(王室儀礼のスペクタクル化の統合作用を強調しがちだった)研究史に対して新たな視点を用意するものになると考える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題の目的は、世紀転換期の君主制儀礼の商業的スペクタクル化という世界史的趨勢が、人びとのナショナル・アイデンティティ編成にとってどのような契機を構成していたのかを、近代日本社会の事例から再検討することにある。本年度の研究活動では、君主制儀礼のスペクタクル化の伸展が、都市(中央)と郡部(地方)の物質的・意味論的格差を人びとに視覚的に呈示し知覚させる契機――ネイションの分断へと帰結した可能性について検討を行い、従来的解釈への批判的視座を用意できた。資本制の大量生産流通機構に組みこまれた視覚経験の特性をふまえた考察は、まだ試論的な段階にとどまっているものの、以上の点から研究活動は総じて順調に進んでいると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進方策としては、次の三点が予定される。第一に、君主の祝祭のスペクタクル化にまつわる時系列的な変化に関する調査。本年度の調査で得た知見に従うと、天皇家の祝祭を商業的見世物化する経済運動の活発化は、産業資本制や文化産業の発達期と重なりあっていた。次年度以降の研究活動では、いくつかの指標(記念絵葉書・画報の販売部数、鹵簿の見物者数など)から19世紀後半と20世紀初期の状況を比較することで、この点をより説得的に呈示することを目指す。第二に、国家の動向について。20世紀初期の天皇家の祝祭のスペクタクル化には、逓信省や鉄道省などの官業当局もまた密にかかわりあっていた。君主の祝祭を視覚的消費の対象として定位する当局の運動が、どのような思惑から、どのような様式で進められたのかを公文書等から跡づけることで、君主の祝祭がスペクタクル化していった過程の重層的で錯綜的な相貌をあかるみにすることを目指す。第三に、ジェンダー、都市・郡部、内地・植民地でのスペクタクル経験の差異について。君主のスペクタクルを見る経験が属性によってどのように異なっていたのかについては、初年度に部分的な調査と考察を行っている。次年度からはその成果を発展させるべく、同時代人たちの祝祭経験の容貌にかかわる資料群をより広く蒐集し、君主の祝祭のスペクタクル化が、人びとのナショナル・アイデンティティ形成とどのように結びついていたのかについて多元的な分析と考察を加える。
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Causes of Carryover |
初年度においては研究課題に関連した基礎的な資料調査、並びに先行研究の検討に重点をおきつつ研究活動を実施した。とりわけ中心の対象としたのは戦前期の全国紙・地方紙記事、経済・実業雑誌記事、各社営業報告書、近代君主制儀礼を主題とした内外の理論的・経験的研究である。その際、戦前の雑誌記事と先行研究については所属機関の収蔵資料で多くの部分をカバーすることができたため、文献購入費が予定額を下回り、物品費を中心に繰り越し分が生じることになった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
初年度の基礎的研究活動をふまえた次年度以降の研究活動では、研究課題に関連した史的資料をより精緻かつ多元的に調査することが要請される。とりわけ(今後の推進方策である)天皇家のスペクタクルをめぐる視覚経験の属性的多様性や国家の動向を十全に把捉するうえでは、国立国会図書館をはじめとした外部の文書館・研究機関で充分な史的資料の調査を行うことが必須の作業となる。そのため次年度の研究費使用にあたっては、繰り越し分と合わせ、資料蒐集のための旅費に重点的な配分を行う。
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