2016 Fiscal Year Research-status Report
J-PARCエネルギー重イオン衝突におけるハドロン輸送再考
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15K05079
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
大西 明 京都大学, 基礎物理学研究所, 教授 (70250412)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
奈良 寧 国際教養大学, 国際教養学部, 教授 (70453008)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 重イオン衝突 / 輸送方程式 / 衝突項 / 平均場 / QCD相転移 / J-PARC / 集団フロー / バリオン数揺らぎ |
Outline of Annual Research Achievements |
ハドロン輸送模型によりJ-PARCエネルギー領域の重イオン衝突を系統的に研究し、QCD臨界点付近でのシグナルと考えられている観測量の「非単調」な振る舞いがハドロン自由度で記述できるかどうかを明らかにするとともに、生成される高バリオン密度物質の性質が観測量に与える影響を明らかにすることが目的である。
平成28年度はハドロン輸送模型JAMにおいて平均場効果、および状態方程式のソフト化効果を取り入れ、J-PARCエネルギーにおける集団フローの系統的研究を行った。特にRHICにおいて核子対あたりの衝突エネルギーが10 GeV近辺で観測されている陽子の側方フロー(v1)の負の傾きの原因究明が大きな課題である。高エネルギー領域での負の傾きは幾何学的に説明可能であるが、10 GeV近辺での側方フローは通常のハドロン輸送模型では説明不可能である。バリオンの平均場を取り入れた結果は、カスケード模型(平均場なし)と比較して側方フローの傾き(dv1/dy)が20-30%程度小さくなり実験データに近づくが、10 GeV近辺で側方フローが負になることはない。一方、衝突項において2粒子が近づく方向に散乱させる(引力的軌道)ことにより、状態方程式のソフト化を取り入れることにより、10 GeV近辺での傾きが十分小さくなり、平均場効果と組み合わせることによって負の側方フローが説明できることを示した。このソフト化がQCD相転移から現れるものであれば、10 GeVまでのエネルギー領域における重イオン衝突で一次相転移が起こっていることを示唆するものである。これらの内容は国際会議 proceedings、および原著論文として発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
申請段階の計画では、平成28年度は既存の模型に状態方程式の変更を加えてフローとバリオン数揺らぎの研究を進める予定であった。状態方程式については、概要で述べたように衝突項における「引力的軌道」によるソフト化を導入することにより、任意の状態方程式をシミュレートできることとなった。これは予定を超えた大きな成果といえる。ただし現段階では高密度領域の状態方程式を特定できていない。また、より低いエネルギーにおける対称エネルギー効果についてはハドロン輸送模型(JAM)とフラグメント生成を正確に記述する核子輸送模型(反対称化分子動力学; AMD)を組み合わせた枠組みを開発し、中性子過剰核の衝突における荷電パイ中間子の比(π-/π+比)の研究を進めている。バリオン数揺らぎについては、平均場を含んだ既存の模型による研究を行い、ハドロンの平均場効果がバリオン数揺らぎを大きく変化させることがないことが示された。これら2つの結果は、J-PARCエネルギーで観測されている非単調な振る舞いが、ハドロン輸送の観点のみからは説明できず、QCD相転移に関わっていることを示唆している。 以上より、結果は予想されたものとは異なるが、観測量の理解とそれが示すQCD相転移への示唆が得られており、研究はおおむね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
重イオン衝突データを用いた高密度領域における状態方程式の特定とその機構の解明が大きな課題として残っており、この課題への取り組みが重要となる。また本研究から示唆される高密度での状態方程式のソフト化と重い中性子星を支えるために必要な十分に硬い状態方程式を首尾一貫して説明することも大きな課題である。 重イオン衝突については、これまでは集団フローとして側方フロー(v1)のみに着目してきたが、これに楕円フロー(v2)を組み合わせて議論することにより、更なる絞り込みが可能であると考えられる。また現在、飽和核密度近辺での硬さと対称エネルギーを再現し、中性子星の半径と質量を説明可能な状態方程式が得られつつあり、これを取り入れた計算も行う予定である。 また、J-PARCエネルギーでQCD相転移が想定されることとなったため、この科研費の枠組みを超えた共同研究グループにおいてハドロン輸送模型と流体模型を組み合わせる取り組みの準備も行う予定である。
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Causes of Carryover |
2016年度は国際会議出張(CPOD 2016)、日本物理学会でのシンポジウム(宮崎大学)に加えて、国際会議(クォークマター2017)への出席を予定していたが、クォークマターについては他の予定のため代表者は出張できないこととなった。一方、J-PARCエネルギーでQCD相転移の効果を積極的に取り入れた枠組みの開発について議論が行われており、2017年度には議論の活発化が想定される。このため、旅費を2017年度に使用することが科研費の利用方法として有効であると判断した。 物品費については、高速のCPU(AMD ryzen)が年度後半に発表・販売されたが、年度内納入が困難であり、次年度の購入が妥当であると判断した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
2016年度に残した研究費(274,830円)の一部は、J-PARCエネルギー重イオン衝突に関する小規模な研究会を開催することにより使用する予定である。代表者・分担者・大学院生に加えてJ-PARC重イオン衝突実験を計画している実験研究者、流体力学模型の開発者が集まり、実質的な議論を進め、枠組みを構築する機会としたい。 また新たに発売されている計算能力の高いCPU(AMD ryzen)のを組み込んだPCの購入も予定している。
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