2016 Fiscal Year Research-status Report
ダイレクト・アブイニシオ法よる光誘起クラスター内反応の実時間追尾
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15K05371
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
田地川 浩人 北海道大学, 工学研究院, 助教 (10207045)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | クラスター / プロトン移動 / 電子脱離 / 光イオン化 / DNA損傷 / 分子設計 / 反応設計 / 光劣化 |
Outline of Annual Research Achievements |
微視的溶媒和クラスターは、少数の溶媒分子によって取り囲まれた分子からなるクラスターであり、溶質の周りの溶媒を部分的に切り出したナノスケールの溶液といえる。最近、クラスターサイズを選別した実験が可能となってきている。これに対し、溶媒和クラスターに関する理論的なアプローチは極めて少ない。本課題では、ダイレクト・アブイニシオ法を、微視的溶媒和クラスター内での反応ダイナミクスの理論解明に応用した。特に、光照射後の反応を実時間で追尾することにより、微視的溶媒和の効果を理論的に予測した。2016年度は、以下の2テーマについて詳細な計算を行った。 (1)ゼロ点振動エネルギーを考慮したダイレクト・アブイニシオ計算プログラムの開発 昨年度までのダイレクト・アブイニシオ計算は、分子の持っているゼロ点振動を無視した方法で行ってきた。しかしながら、実際の分子はゼロ点振動を持ち、その振動を含みながら反応を起こしている。そこで本研究では、より実在系の反応に近づけるため、ゼロ点振動エネルギーを考慮したダイレクト・アブイニシオ計算プログラムの開発を行った。そのプログラムを水ダイマーのイオン化反応へ応用した。その結果、第一励起状態で、逆プロトン移動反応が進行することを理論的に予測した。これは、従来の研究では得られなかった新たな発見である。 (2)水クラスターのイオン化に伴うプロトン移動速度への微視的溶媒和の効果 水クラスターをイオン化すると、高速にプロトン移動を起こすことが知られている。本研究では、水クラスターのイオン化に伴うプロトン移動速度への微視的溶媒和の効果をダイレクト・アブイニシオ分子動力学法により研究した。昨年度は、水2量体について報告したが、本年度は、さらに実在系のクラスターである多量体(H2O)n(n=3-6)へ拡張した。その結果、n=5-6でプロトン移動速度が一定になることを理論的に予測した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究課題の本年度の目標では、(1)ダイレクト・アブイニシオ分子動力学法を中規模クラスター反応系をも取り扱えるように拡張すること、および、(2)ゼロ点振動エネルギーを考慮したダイレクト・アブイニシオ計算プログラムの開発の予備段階を行うことであったが、課題(1)、および(2))は終了し、すでに、2017年度の目標である反応系への応用が、スタートしている。特に、(a) 「ゼロ点振動エネルギーを考慮したダイレクト・アブイニシオ計算プログラムの開発」を行い、アメリカ化学会物理化学誌(J. Phys. Chem. A)、および、J. Comput. Chem.誌への公表を行った [H. Tachikawa: Reaction Dynamics Following Ionization of Ammonia Dimer Adsorbed on Ice Surface, J. Phys. Chem. A,120, 7301-7310 (2016)]、および、[H. Tachikawa: Effects of Zero Point Vibration (ZPV) on the Reaction Dynamics of Water Dimer Cations Following Ionization, J. Comput. Chem. 2017 (in press)]。また、拡張テーマである、(b) 「水クラスターのイオン化に伴うプロトン移動速度への微視的溶媒和の効果」について論文で公表した。[H. Tachikawa: Chem. Phys.475, 9-13 (2016).] 以上のことより、「研究の目的」の達成度として「当初の計画以上に進展している」と判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の研究課題として、以下の2テーマについて詳細な研究を行う予定である。 (1)SN2反応ダイナミクスへの微視的溶媒和の効果 求核的2分子置換反応(SN2反応)は、有機反応の中の基本反応一つである。しかしながら、その動的なメカニズムについて、ほとんどわかっていない。本研究では、ダイレクト・アブイニシオ分子動力学法により、ハロゲンイオンによるSN2反応:SN2反応X- + CH3Cl (X=F,OH)および、溶媒を含む反応:X-(H2O)n+CH3Cl(ここで、nは溶媒の分子数)を研究し、微視的溶媒和がSN2反応の速度へ及ぼす因子の解明を行う。特に解明する点は、(A) 微視的溶媒和(水分子、メタノール分子、および、それらのクラスター)の存在は、反応ダイナミクスへどのような影響を及ぼすか、たとえば、反応速度の抑制効果があるか等を詳細に明らかにする。また、(B)反応生成物へ至る経路として、いくつの反応チャンネルが存在するか。また、そのチャンネルの分岐比は、初期配向角により制御できるかを理論的に予測する。 (2) DNA損傷チミンダイマーの修復反応機構の理論解明 DNA に紫外線を照射すると DNA中の隣り合ったチミンが2量体(チミンダイマー)を生成し、2本鎖 DNAの片方の鎖に損傷が起こる。この損傷が引き金となって細胞の変異が誘発し発癌する。本研究では、チミンダイマーの修復反応ダイナミクスをダイレクト・アブイニシオ分子動力学(AIMD)法により明らかにする。特に、修復反応の初期過程として、チミンダイマーのホール捕捉及び電子捕捉によって引き起こされる反応過程を解明する。
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Causes of Carryover |
2016年度の未使用額は、計算機(PC)購入がリアルコンピューティング社の製品販売が遅れているため生じた。本年度は、計算機発売後、すみやかに購入する予定である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
本研究の遂行に必要な設備および装置は、できるだけ現存(昨年度購入)の計算機システム(PC)および研究室の共通物品(プリンター、スキャナー等)を使用する予定である。そのため、本年度の研究の遂行に必要となる計算機は、小規模計算用のパーソナルコンピューター(PC) 1台程度である。 本研究で得られた成果を、国内学会および海外での国際会議で積極的に公表する予定である。そのため、申請した旅費を希望する。
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