2015 Fiscal Year Research-status Report
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15K12067
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Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
杉原 厚吉 明治大学, 研究・知財戦略機構, 特任教授 (40144117)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 数理工学 / 立体錯視 / 視覚情報処理 / 視覚の数理モデル / 変身立体 / 不可能立体 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、二つの方向から見たとき全く異なる断面をもった柱体に見えるという研究代表者が発見した新しい錯視(これを多義柱体錯視と名付けた)の仕組みを明らかにし、その錯視が生じる立体の設計法を確立することである。 本年度は、この錯視の数理的性質について調べた。まず、同一平面上の二つの図形A, Bが与えられたとき、視点Pから見たときAに一致し、視点Qから見たときBに一致する空間曲線が存在するための必要十分条件を明らかにした。そして、この空間曲線に沿って端点が移動するように一つの線分を方向を変えないで動かしたとき掃き出す曲面として多義柱体を作る方法を開発した。この方法に基づいていくつかの立体を試作し錯視効果を確認することができた。 この立体錯視を効果的に体験するための一つの方法は、鏡を用いて、二つの方向からの姿を一つの視点で同時に見比べる方法である。このとき、柱体の反対側の端を見比べる呈示法と、同じ側の端を見比べる呈示法があるが、一般に後者の呈示法の方が、錯視がより効果的に起こることがわかった。これは、視点が有限の距離にあっても柱体が明確に定義できること、および、この柱体を、軸を垂直に向けて立てると、通常の天井からの照明によって端の形状が明るく照らされて見やすくなることによる。さらに、図形A, Bの組み合わせによって、錯視の安定性が大きく異なることもわかった。すなわち、視点を厳密に正しい位置に固定しないと錯視の生じないものから、おおよその位置から見て錯視が生じ、さらに両目で見てもまた目の位置を動かしても錯視が起こり続けるものまで広く分布する。この安定性は、AとBが近いほど、また二つの視線方向が直交に近いほど大きいこともわかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
計画どおり多義柱体が作れるための条件を明らかにし、多義柱体の設計法を確立できただけでなく、それに加えて、両眼で至近距離から見ても錯視が生じるという意味で錯視量の非常に大きい多義柱体を作ることができた。一般に,立体錯視は、片方の目だけで見るか、あるいは非常に遠くから見ることによって、両眼立体視の効果をなくさないと起こらないことが多い。例外的に至近距離から両目で見ても起こる立体錯視としては、パトリックヒューズの逆遠近法を利用した立体絵画と、人の顔のお面を裏側から見ても出っ張って見えるホロウフェイス錯視が知られていたが、なぜそのような強く安定した錯視が生じるかは、まだ解明できていない。これを解明するためには、このような強く起こる立体錯視の例をさらに増やすことが必要であった。 本研究で試作した多義柱体のほとんどは、精密に第1視点位置を合わせ、第2視点位置については、立体の後ろに立てた鏡を水平軸の周りで回転させることによって、やはり精密に調整しなければ錯視が生じないものである。これは、多義柱体が一般的にもつ性質であり、やむをえないと考えていた。ところが、この一般的性質に反して、両眼立体視を無力にするほど大きな錯視が生じる多義柱体の例が存在することを確認できたことは、予想外の大きな発見である。 本発見は、逆遠近錯視やホロウフェイス錯視と同じように両眼立体視を裏切るほどの強い錯視の例をさらに見つけたいという視覚科学分野全体の要請にも答えたものである。その結果、この新しい例も加えて、両眼立体視を欺く強さの立体錯視の源泉を探る手がかりが得られた。すなわち、今までは、風景や顔という特殊な対象に対する人間の個別知識によるものと考えられがちであったが、3次元空間における平行性というより一般的な原理で説明できそうだという見通しが立った。これについても今後検討していきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
平成27年度に構成した多義柱体設計アルゴリズムの出力から、立体を展開図に変換して紙工作で作るための方法を開発する。この場合には、形状を固定するために柱体の断面形状も紙で作らなければならない。そして、錯視効果を高めるためには、この断面がどちらの視点からも見えないように隠さなければならない。その制約を追加した場合に立体が存在するための条件も明らかにする。そしてその方法をソフトウエアとして実装し、性能を実験的に評価し、改良していく。 多義柱体設計アルゴリズムの出力は柱状の曲面であるが、これに厚みを加えて3Dプリンタを用いて合成樹脂で作る方法も開発する。ただし、曲面を少し縮小して柱体の内側の面にするという単純な厚みの与え方では、錯視効果が減る。そこで、錯視効果が最大限に残るように厚みと端の切り口の角度を場所ごとに制御する方法を開発する。 さらに、多義柱体を人が知覚するときの心理学的側面についても調べる。まず第1に、設計した柱体が本当に望みどおりの錯視効果をもたらすかどうかを実験的に調べ、錯視効果に影響を与える要因を体系的に整理する。そのためには、網膜像には含まれない奥行きの情報をどのように復元するかを説明する数理モデルによって実験結果を検証し、数理モデルを改良していく。 第2に、初年度に発見した安定性の非常に高い多義柱体がなぜ生まれるのかを明らかにする。これには、両眼立体視と矛盾する視覚情報が網膜に与えられたときに矛盾をどう解消するかという脳の性質を特徴付けることによって説明する数理モデルを作る。そして、錯視の安定性を制御する方法を構成する。 これらの結果に基づき、錯視効果を最小化することによって、身の回りの立体形状を正しく知覚できる安全な生活環境整備の指針を与える。また、錯視効果を最大化することによって、アートやエンタテインメントへ新しい視覚表現手段を提供する。
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Causes of Carryover |
本研究の成果の一部を共同研究者の Supanut Chaidee が国際会議で発表したが、その会議が年度の変わり目の3月末から4月初めにわたっていたため、その会議参加にかかわる費用の一部の支払いが遅れた。 さらに、研究成果を論文としてまとめて学術雑誌へ投稿するまえに、英文校閲を受ける予定であったが、[現在までの進捗状況」の欄に書いたとおり、予想外の大きな発見ができたため原稿の仕上がりが遅れ、英文校閲の発注が翌年度へ延びた。 以上が、次年度使用額が生じた主な理由である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
年度をまたがる国際会議での出費のうち、昨年度に経理処理ができなかったものには、会議参加費と、参加研究者のビザ申請費用であるが、それらは新しい年度の最初に処理する。 また、研究成果をまとめた原稿の英文校閲は、5月に発注できる予定である。
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Remarks |
研究者・所属研究機関が作成したものではないが、研究成果が国際コンテストで準優賞し、つぎのURLで紹介されている。 http://illusionoftheyear.com/cat/top-10-finalists/2015/
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Research Products
(11 results)