2017 Fiscal Year Research-status Report
ドイツ・オーストリア近現代オペラにおける資本主義的属性の解明
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15K12865
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
藤井 たぎる 名古屋大学, 人文学研究科, 教授 (00165333)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 調性 / シェーンベルク / 生産関係 / 生産力 / 資本 / イノベーション / 12音技法 |
Outline of Annual Research Achievements |
マルクスが「商品の形而上学」とか「日常生活の宗教」と呼んだような幻想がもたらす“転倒”(スラヴォイ・ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』)が、調性音楽においても起きているということを、シェーンベルクの視点から分析し解明した。 転倒とは、マルクスによれば以下のような錯誤を意味していた。『資本論』初版の補遺のなかでマルクスは、貨幣が交換形態において普遍的等価形態 (universal equivalent) の位置を占めることで、個々の具体的なもの(商品)は抽象的・普遍的な価値をいずれも属性として兼ね備えているというふうには見えず、反対にそれらのものはいずれも抽象的普遍性(価値)の単なる現象形態にすぎないかのように見えてしまうのだが、それは、ローマ法とドイツ法は二つの法であるとは見ないで、“法”という抽象的普遍的なるものが、ローマ法やドイツ法において実現されていると考えるようなものだ、と言っている。調性形態もまた、たとえば一方はホ長調を主調とし、他方はト短調を主調とする、したがっていずれも調性(調的性格)を属性として有する二つの楽曲があるとは見ないで、調性という抽象的普遍性が、ホ長調を主調として、あるいはまたト短調を主調として確立する作曲において実現される、といったような幻想をもたらしていると言える。そしてさらに重要なことは、そのような幻想が、資本主義社会の発展を、ひいてはまた調的和声音楽の発展をもたらすことになったという現実である。 シェーンベルクがそのような「拡大した調性」に作曲の危機を予感し、転調を排除することによって、調的枠組みそのものをあらたな作曲技法である「12音技法」によって止揚する試み(ジェーンベルク自身そうしたプロセスをイノベーションと呼んでいる)と、マルクスの「生産力」と「生産関係」の弁証法との相同性について、詳細な比較検討を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
モーツァルトを中心に、恋愛形態と調性形態の相関性を明らかにし、さらにワーグナーのオペラをシュンペーターのイノベーションの観点から分析してきたことを踏まえ、20世紀前半のオペラについて考察する予定であったが、その過程において、「研究業績の概要」で言及したとおり、調性システムについてのシェーンベルクの「解決」と資本主義の「限界」に対するマルクスの「処方」との間の相同性を発見した。この発見に基づき、シェーンベルクが問題にしている「調性」の限界の意味を、マルクスの「生産力」と「生産関係」の弁証法と関連づけて考察することになった。その結果、研究課題をさらに掘り下げて取り組む必要が生じ、個々のオペラ作品の分析にまで至らなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
ドイツの近現代オペラを例に、それらのオペラ作品が観衆/聴衆に見せ聴かせるフィクション(仮構された“現実”)をマルクスが提示するマトリクスに基づいて定式化したうえで、調性や愛といった抽象的・普遍的概念がオペラのなかでどのように表象され、それによってまた具体的にいかなる幻想をもたらすのかを、具体的に検証する。
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Causes of Carryover |
調性の拡大についてのシェーンベルクの「解決」と資本主義の「限界」に対するマルクスの「処方」との間の相同性の発見に基づき、研究課題をさらに掘り下げて取り組む必要が生じ、個々のオペラ作品の分析にまで至らなかったため、資料調査・収集に関しても遅れが生じた。 次年度使用額は、オペラ作品の分析に必要な資料調査・収集などにあてる。
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Research Products
(2 results)