2016 Fiscal Year Research-status Report
忘れられた思想家J.M. ロバートソン:ヴィクトリア時代の合理主義的宗教批判
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15K13009
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Research Institution | Yokohama National University |
Principal Investigator |
有江 大介 横浜国立大学, 大学院国際社会科学研究院, 名誉教授 (40175980)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 合理主義 / 経験論 / 認識論 / キリスト教 / 自由思想 / ヴィクトリア時代 / ポピュラーサイエンス / 生協分離 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度は、名誉教授への職位変更により課題研究への従事時間が大幅に増えることから、ロバートソンの代表作の1つ、History of Freethought in the Nineteenth Century (1899) を中心としたロバートソン自身の諸著作や記事の検討に注力することとした。ここで明らかとなったのは、ロバートソンは宗教批判、制度化されたキリスト教批判を、思想家としての専門的・学術的な立場とともに、ジャーナリストとして現代の“popular science”に相似的な大衆的な立場の両面から行っており、そのことが彼の方法的な徹底を阻む原因となったことである。具体的には、合理主義の立場から経験論的な認識論に依拠していることは明らかであるが、奇蹟論や神の存在論的証明、デザイン論などの蓄積された神学的議論への関心が必ずしも十分でなく、18世紀のヒュームやバトラーらの厳密な論理水準においての検討に至っていないことが否めなかった。これらが、歴史的には彼が“わかりやすい”膨大な刊行物により生存中に大衆的な影響力を持った反面、後年、学術的には彼の業績や刊行物がアカデミズムから“忘れられる”ことになった理由に他ならない。 なお、28年度の内外での学会発表や公刊論説は、第一に、主として27年度中に行った、ロバートソンに至るヴィクトリア時代の宗教批判の中心的議論を功利主義者J.S.ミルとオクスフォード運動の主導者J.H.ニューマンに絞って検討した成果である。第二に、27年度から28年度にかけて行った、ロバートソン的合理主義的宗教批判の先駆者と位置づけられる英国理神論の代表的論客、J.トーランドの著作の書評、及び、英日の比較の視点から19世紀以降ほぼ同時代の日本キリスト教の展開を考察した成果とである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
28年度は、代表者の定年退職1年目であり、学内行政から離れて研究課題の検討に集中できるようになったため、研究課題に関わるテキストに沈潜することが可能となった。この点は、人文・社会科学の思想史的個人研究の進捗にとっては貴重な条件であった。 そのことは同時に、検討の対象となったJ.ロバートソンを取り巻くヴィクトリア時代中期から後期に至るブリテンの思想状況や宗教状況を、全体として鳥瞰する視点を持つ余裕ができたことに繋がる。また、上記「実績の概要」に示したように、キリスト教批判のあり方を検証するという研究内容の特質によって、直接の対象であるブリテンだけでなくアメリカや日本との比較の視点、不寛容と暴力に溢れる現代の宗教紛争への視点といった、研究開始前には必ずしも想定していなかった視野の広がりを得ることができたのは、研究の進捗には大いに寄与するものであった。宗教と経済と政治の関連を課題とする研究に弱点を持つわが国の研究状況を鑑みたとき、このことは、最終年度での研究の更なる進展を期待させるものと、代表者自身は捉えている。 ただ、第14回国際功利主義学会フランス・リール大会(リール・カトリック大学:平成28年7月)での報告に併せて、前年度から予定していたロンドンでのThe Conway Hall Ethical Society(旧The South Place Ethical Society)図書室でのロバートソン関係の資料調査が、スケジュールの都合で果たせなかったのは、特に同時代の受容や反響の程度の確認、未確認資料の発掘といういくつかの点で不十分さを残す結果となった。これが「おおむね順調に進展」とした主な理由である。
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Strategy for Future Research Activity |
外国を対象とした人文・社会科学の思想史的個人研究という性格上、必要かつ重要なのは関連研究者との研究会、学会等における討論の機会をいかに確保するかである。また、社会科学でありかつ宗教にかかわる当該研究課題は、わが国ではもっとも研究蓄積の乏しい領域でもある。したがって、前提となる中心テキストの読解に加えて、可能な限りそうした発表と討論の機会を内外に渡って確保すべく努力する所存である。今後の推進方策はそれに尽きる。これが遂行されることによって、研究成果の論文や書籍による発表の前提条件が整備されるのはいうまでもない。少なくとも、国内では社会思想史学会もしくはイギリス哲学会でのロバートソンを基軸とした報告を考えている。 また、29年度は本研究課題の最終年度であるため、特に年度前半において、前記の研究成果刊行に向けての検討対象資料の整理等を、通常の研究活動に加えて具体的方策として重視する予定である。
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Causes of Carryover |
すでに記したように、28年度は研究課題に関わるテキスト読解に研究活動が集中することになったことが第一の理由である。第二に、ロンドンでの文献調査が十分に行えなかったことにより、昨年度同様に、ロバートソンや関連する思想家の言説を主として既存ないし所蔵しているロバートソンの代表的文献の利用が中心となったためである。結果として、文献購入、資料調査での基金の利用額が事前の想定を再び大きく下回ることとなった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
29年度は本研究課題の最終年度であるため、特に年度前半において、前記の研究成果刊行に向けての検討対象資料の整理等の研究補助ための経費利用が多くなる予定である。また、ロバートソンの活躍した現地(ロンドン)The Conway Hall Ethical Societyでの直接的な資料再調査が必要であり、可能ならばこの面での経費利用も計画している。併せて、関連分野研究者との協力の場を作り、前年度までには扱えなかったJ.A.ホブスンほかのロバートソン周辺の知的状況についての検討を行うなど、こうした面での経費利用の機会が多くなる予定である。
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Research Products
(5 results)