2015 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
15K13628
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
岩田 耕一 学習院大学, 理学部, 教授 (90232678)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | ラマン分光法 / 時間分解 / 表面増強 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題は,ピコ秒時間分解ラマン分光法において表面増強ラマン散乱効果を利用することによって,溶液中における化学反応の中間体を高感度で分光検出するための新たな方法を開発することを目的としている.本年度は,表面増強ラマン散乱効果を利用して低濃度の化学種のラマンスペクトルを効率的に測定するための方法を検討した. 表面増強ラマン散乱効果を利用してラマンスペクトルを測定するために,二種類の異なった方法を試みた.まず,銀のナノ粒子をガラス板上に固定した表面増強ラマン散乱用の基板を利用して表面増強ラマンスペクトルを測定する方法を試みた.この基板上にb-カロテンやtrans-スチルベンなどの分子を吸着させてラマンスペクトルを測定した.ラマン分光測定の励起光には,He-Neレーザーの出力光を用いた.分光および検出部は,ピコ秒時間分解ラマン分光測定に利用する分光器とCCD検出器を用いた.この測定によって,吸着された試料の表面増強ラマンスペクトルを測定することができた.しかし,時間分解測定のときに必要となる共鳴条件下では,励起光の吸収による試料の損傷を防ぐことが困難であることが明らかになった. 二番目の方法として,水溶液中の銀コロイド上に試料分子を吸着させて表面増強ラマン散乱スペクトルを測定する方法を試みた.硝酸銀水溶液を還元することで銀コロイド水溶液を作成し,表面増強ラマン散乱に活性な銀表面を得た.測定分子であるピリジンをこのコロイド水溶液に加えて,ラマン分光測定用の試料とした.この方法を用いて,ピリジンの表面増強ラマンスペクトルを測定することができた.銀コロイド水溶液の試料を用いれば,測定時の光損傷を避けるために試料を循環させることができる.次の段階として共鳴条件下での時間分解ラマンスペクトルを測定することを考えて,今後は銀コロイド水溶液を試料として採用することとした.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究課題の遂行には,表面増強ラマン散乱を示す試料においてピコ秒時間分解ラマンスペクトルを測定することが必要になる.ピコ秒時間分解ラマンスペクトルの測定のためには,ピコ秒のポンプ光およびプローブ光を出力するレーザー光源が必要となる.研究代表者らは,ピコ秒時間分解ラマン分光測定の光源として持続時間が2ピコ秒のポンプ光およびプローブ光を出力するピコ秒チタンサファイア再生増幅器と光パラメトリック増幅器のレーザーシステムを利用している.しかし,平成27年度中は,光源の主要構成要素であるピコ秒チタンサファイア再生増幅器の不調が続いた.この不調は,光学系と電気系による複合的な要因によるものだった.平成27年10月には再生増幅した光パルスの時間幅を圧縮するコンプレッサーを構成する回折格子の回折効率が低下したために,この回折格子を交換した.ピコ秒のレーザー光源においてこのような状況が続いたために,表面増強ラマン散乱を示す試料に対してピコ秒時間分解ラマン分光測定を試みることが十分にできなかった. 一方で,前項に記載したように,平成27年度は表面増強ラマン散乱を示す試料形態の中から,本研究の遂行のためには水溶液中の銀コロイド粒子上に試料分子を吸着させる方法が適していることを見出すことができた.この銀コロイド水溶液での表面増強ラマンスペクトルを測定したときの励起光源はピコ秒パルスではなく連続発振のHe-Neレーザーであった.しかし,ラマンスペクトルを測定するときの集光部,分光部,および検出部はピコ秒時間分解ラマンスペクトルの測定のための装置と同一である.ゆえに,He-Neレーザーによる測定に適合していると判断された試料系は,そのままピコ秒時間分解ラマンスペクトルの測定にも適合していると結論できる. これらの状況を総合的に勘案して,本研究課題の現在までの進捗状況は「やや遅れている」と判断した.
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Strategy for Future Research Activity |
ピコ秒時間分解ラマンスペクトルを測定するために,ピコ秒チタンサファイア再生増幅器を整備・調整して,時間分解ラマンスペクトルの測定に注力できる実験環境を整える.必要であれば,本補助金を用いてレーザーシステム内の光学部品あるいは電気部品を交換する. 平成27年度の研究によって得られた結論に従って,水溶液中の銀コロイド表面に試料を吸着させて,ピコ秒時間分解ラマンスペクトルの測定を試みる.最初の試料には,研究代表者が通常のピコ秒時間分解ラマンスペクトル測定を経験しているtrans-スチルベンを用いる.ただし,trans-スチルベンは水に溶解しないので,水溶液中の銀コロイド表面にtrans-スチルベン分子を吸着させることが困難な可能性がある.この場合は,スチルベン分子に極性基を導入した試料での測定を検討する.ポンプ光としては,trans-スチルベンの通常のピコ秒時間分解ラマン測定時と同じ300 nmの光を用いる.プローブ光にも,通常のピコ秒時間分解ラマン測定と同じ600 nmの光を用いる.ラマンスペクトルの測定のためには,プローブ光からの弾性散乱光を排除するためのノッチフィルターが必要であるが,研究代表者らの研究グループは600 nmのプローブ光によるラマンスペクトル測定のためのノッチフィルターを既に所持している.ピコ秒時間分解ラマンスペクトルの測定時には,低濃度の化学種のラマンスペクトルを測定するために共鳴ラマン効果を利用するが,この共鳴条件下ではプローブ光が試料に吸収される.さらに,ポンプ光も試料に吸収される.このため,ポンプ光あるいはプローブ光による試料の光損傷が懸念される.ゆえに,コロイド水溶液の試料を循環させて光損傷を回避する.研究代表者らは,試料を循環させてラマンスペクトルを測定するための試料セルを既に所持している.本研究課題のために,まずこの試料セルを利用する.
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Causes of Carryover |
平成27年度には,研究代表者の研究グループに設置してあるピコ秒チタンサファイア再生増幅器の光学系および電気系の不調が続いた.この実験装置は,ピコ秒時間分解ラマンスペクトルを測定するときのポンプ光およびプローブ光を発生するための光源の役割を担っている.ピコ秒チタンサファイア再生増幅器が不調だったために,ピコ秒時間分解ラマンスペクトルを測定することができない時期が続いた.この期間は,上述のように,連続発振のHeNeレーザーを利用して表面増強ラマン効果を示す試料の中から本研究に適した試料を探索することに注力していた.平成27年度はこのような状況であったので,年度当初には購入を予定していた,ピコ秒時間分解ラマン分光測定のために必要となる光学部品や試薬などの購入の一部,および研究成果発表のための旅費の支出を平成27年度は見送ることにした.このような理由で,次年度使用額が生じた.
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
ピコ秒時間分解ラマンスペクトルの測定において,光源を安定させることは特に重要である.平成28年度は,前年度に本補助金によって修理したピコ秒チタンサファイア再生増幅器を安定的に運用して,ピコ秒時間分解ラマンスペクトルを精度良く測定できるようにする.もし必要となれば,レーザーシステムの光学部品あるいは電気部品のさらなる交換や調整のために本補助金を用いる.この状態で表面増強ラマン散乱のピコ秒時間分解測定に挑戦する.研究代表者らが現在使用している溶液試料循環用の試料セルは,有機溶媒の溶液に対して最適化されている.コロイド水溶液の利用に際してこの溶液循環用試料セルの改造が必要となった場合は,必要な物品を購入する.平成28年度には,ラマン分光実験のために必要となる光学部品や試薬などの物品の購入費や成果発表のための旅費を支出する.
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