2017 Fiscal Year Research-status Report
西洋文化における能の受容と発展―アメリカとヨーロッパの作品をたどって―
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15K16638
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Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
安納 真理子 東京工業大学, リベラルアーツ研究教育院, 准教授 (80706408)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 能楽 / 英語能 / 能指導プログラム / 伝承 / 教育 / 教育法 / 参与観察 / 異文化教育 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年は当初の計画通り、書籍『英語能の音楽の手引き』(『手引き』)の執筆を進めた。これは今まで進めてきた資料収集および音楽分析、英語能の作家や作曲家へのインタビュー、そして創作・上演過程の参与観察から得られた成果物である。英語能のテキストと音楽の事例を挙げながら、能の音楽に関する知識がない作家や、能の音楽に興味がある作曲家に能の柔軟なリズムや多様性を示すことを目的としている。その内容の一部は、Society for Ethnomusicology大会にて発表予定である。加えて古典能と英語能における能管の役割についての論文も査読中である。 主な分析事例は、平成27年度より能管の奏者として上演に参加している〈Blue Moon Over Memphis〉(〈BMOM〉)である。この作品の題材は、観客の多くがその存在を知っているエルビス・プレスリーである。世阿弥の時代の観客が能の謡を聴いて題材がわかったように、〈BMOM〉の観客もテキストや音楽を聴いて似たような感覚を覚えると考えられる。当該年も〈BMOM〉の上演があり、テレビの短い収録で囃子方として演奏するなど、専門家だけでなく一般の人々へも英語能を周知させ、研究成果を還元できるよう試みた。 今年度も京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センターで「音曲面を中心とする能の演出と進化・多様性」に共同研究員として参加し、能楽研究者に能における謡のリズム、演劇性や専門的知識の提供を得た。 能指導プログラムとしては、国内のNoh Training Project-Tokyoに参加し、『手引き』の資料分析のために能楽師より基礎実技を学び、謡と仕舞の習得に尽力した。この実践により、英語能で英語のテキストがどのように古典能の謡のリズムに当てはめられているかが明らかになり、国内外の能指導プログラムがどこまで古典の指導法を取り入れているかが見えてきた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究がやや遅れている理由は、当該年度に参与観察を計画していたポーランドにおける「緑蘭会」の能指導プログラムが中止となったからである。「緑蘭会」は中欧能楽文化協会が喜多流シテ方・松井彬氏を招いて平成21年に結成した組織だが、その支援者を近年失ったことで経済的な問題が生じ、プログラムの延期を余儀なくされた。しかしこの企画は次年度に改めて行われる可能性があるため、研究の延長を申請した。その他、研究代表者の業務上の都合のため、他にも調査を実現できなかった国内外のプログラムがある。それは、国際能楽研究会のイタリア支部(イタリアINI)と、京都にある国際能楽研究会の本部(京都INI)とトラディショナル・シアター・トレーニング(TTT)である。 しかし、例年通り東京で毎週行なわれているNTP-Tokyo (NTP-T)に参加することができた。その上、これと同名で今年度から新たに東京で開催された、喜多能楽堂と英語能団体「シアター能楽」による外国人向けの能指導プログラムであるNTP-T にも出席することができた。 また、口頭発表や論文投稿、書籍の執筆など、成果発表の準備が計画通りに進展したことは大きな成果である。特に、昨年度学会で発表した英語能〈パゴダ〉と、報告者が関わってきた〈BMOM〉が、上演を重ねることによってどのように変遷してきたのか、かつ創作過程が舞台での表現にいかに影響するのかが見えてきた。すなわち、英語能が古典能のように余分な物を削ぎ落とし洗練された舞台となり、演者が生み出す演劇的独創性や、音楽家による謡と囃子の解釈が顕著に現れるようになったことは、本研究の大きな発見である。 したがって、調査対象としている団体の事情でやむを得ず進捗がやや遅れているが、研究期間全体を通して見れば、着実に成果が得られている。
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Strategy for Future Research Activity |
前述のとおり、今後は「緑蘭会」によるプログラムを、ワルシャワで参与観察する予定である。もし来年度も協会がプログラムの実施を見送る場合は、指導者へのインタビューや資料収集など別のアプローチを用いて、予定していた調査を補う。 平成29年度に参加できなかった京都の能指導プログラムやイタリアINIに参与観察を予定しているが、こちらも日程の都合によっては実現できない可能性がある。その場合も、インタビュー調査や資料調査で代替する。しかし、東京のNTP-Tに引き続き参加できるため、能指導プログラムの参与観察自体は継続することが可能である。 前年度に引き続き、研究最終年度予定の書籍『手引き』の執筆に励む。今までの創作過程の調査、能管から見た英語能の音楽分析、作家・作曲家へのインタビューを通じて、創作活動、題材の意図や、美的意識を考察した成果をまとめて出版する。特に〈BMOM〉は、来年度も米国で上演される予定であるため、その事例研究の結果を元に、英語と言う言語と能の音楽の組み合わせについて考察する。古典能にはないその音型や技法に着目し、能の音楽や演出にも新風を吹きこむであろう英語能の可能性を追究する。並行して能の基礎実技の習得にも尽力する。
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Causes of Carryover |
当該年に「緑蘭会」が実施されず、また平成29年度に調査を予定していた京都の能指導プログラムの日程が、大学の授業期間と重なったため、フィールドワークを行うことができなくなった。したがって本研究も延長し、その分の予算を繰越しすることとなった。 繰越金は、予定している国内外の能指導プログラムの参与観察と、古典能と英語能の比較分析に必要な能の基礎実技の習得に使用する。
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