2015 Fiscal Year Research-status Report
谷崎潤一郎の肉筆資料と検閲制度の相関関係についての研究
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15K16689
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Research Institution | Kyoto Seika University |
Principal Investigator |
西野 厚志 京都精華大学, 人文学部, 講師 (00608937)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 日本近代文学 / 谷崎潤一郎 / 源氏物語 / 古典受容 / 出版史 / 検閲 / 内閲 / 占領期 |
Outline of Annual Research Achievements |
谷崎潤一郎の文学活動と検閲制度や近代の権力機構との相関関係を明らかにするために、おもに三種類の肉筆資料を活用・分析することを計画した。 (1)編集者宛て谷崎書簡49通の調査から、戦前の内務省による検閲制度との関わりを明らかにすることを計画した。これに関しては、全ての書簡の翻刻作業を終え、関係した編集者者の履歴についても詳細に調査した。これらの成果は「戦時下版「谷崎源氏」成立の背景 ―編集者宛て新出書簡にふれながら―」(「谷崎源氏」シンポジウム)として学会で発表した。 (2)「A夫人の手紙」執筆時に谷崎が参考にした原資料(谷崎夫人宛ての友人の手紙)から、戦後GHQによって実施された検閲との関わりについて明らかにすることを計画した。これに関しては、原資料を翻刻して詳細な注釈を付け、原資料の発信者の遺族への取材を行った。これらの成果は「消滅する書簡(エクリチュール)―新出資料(谷崎松子宛森村春子書簡)から見る谷崎潤一郎「A夫人の手紙」―」(日本近代文学会)、「谷崎潤一郎と検閲 ―「A夫人の手紙」・事前検閲・用紙統制―」(20世紀メディア研究所研究会)として学会で発表した。 (3)「細雪」自筆原稿から、戦前戦後の検閲制度についての研究を架橋するすることを計画した。草稿類について加筆修正された箇所を抽出、初出誌や初刊本の本文との異同を確認した。この成果は『谷崎潤一郎全集』第19・20巻の解題としてまとめ、刊行した。また、戦前戦後の検閲制度の変遷と小説表現の変化について、「言論の戦禍―谷崎潤一郎と戦争」(『別冊太陽』)、「韻文と散文のあいだ―「細雪」下巻三十七章を読む―」(『日本文学』)として刊行した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、著作2点(ともに共著)、論文4本(書評も含む)、国際シンポジウムも含む学会発表4回の成果を上げた。 特に、戦時下に書かれた書簡を原資料として創作され、検閲によって掲載禁止となった短編小説「A夫人の手紙」について、大きく研究が進展した。 同作は、当初『中央公論』(1946・8)に掲載予定であったがGHQ指揮下のCCD(Civil Censorship Detachment=民間検閲支隊)の検閲で軍国主義的(militaristic)だとして全文掲載禁止(Whole Article SUPPRESSED)、のちに『中央公論』文藝特集第二号(1950・1)に改めて掲載されるという複雑な経緯をたどって公表された。細江光「モデル問題ノート」(『谷崎潤一郎 深層のレトリック』2004)によって谷崎夫人に宛てられた友人の書簡がもとになっていることが知られていたものの、内容はこれまで未確認であった。このたび申請者は全集の編集過程で当該資料の所在を確認し、資料を翻刻をしたうえで「消滅する書簡(エクリチュール)―新出資料(谷崎松子宛森村春子書簡)から見る谷崎潤一郎「A夫人の手紙」―」(日本近代文学会)として発表した。 さらに、その後、原資料の発信者の遺族の所在を確認、コンタクトをとった。取材に応じてもらうのみならず、貴重な資料群を借り受けることができ、また資料の公開の許可を得ることもできた。この調査結果は「谷崎潤一郎と検閲 ―「A夫人の手紙」・事前検閲・用紙統制―」(20世紀メディア研究所研究会)として学会で発表したが、今後は論文として公表する予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
申請者は、大学院在籍時より谷崎潤一郎研究の第一人者である千葉俊二教授(早稲田大学)による指導を受けてきたが、2015年より刊行されている全集編集は同教授が中心となっており、申請者も作業に関わるなかで出版元で谷崎の肉筆資料を数多く収蔵する中央公論新社との関係を築いてきた。また、多くの関連資料を所蔵する蘆屋市谷崎潤一郎記念館とも緊密に連携を取りながら研究を続けてきた。本研究課題を進めて行くうえでも資料の閲覧や研究上の助言など協力を要請できる関係性と環境は整っている。 また、これまでの申請者による新資料発見と一連の考察は当該研究領域において広く認知され、高い評価を得てきた。2006年に『朝日新聞』で報じられたのを端緒に、「源氏千年紀」にあたる2008年には『朝日新聞』『日本経済新聞』で紹介され、社会的に広く注目を浴びることとなった。その後も、NHKに出演して「谷崎源氏」の削除問題を解説、今年度は今後も「谷崎源氏」シンポジウムに発表者として登壇するなど、申請者は時代状況と「表現の自由」との関係について、マスメディアを通じて持続的に問題提起をしてきた。 2015年より刊行が開始される全集のうち、申請者は代表作「細雪」の解題執筆を担当している。また、今年度10月に上海で開催された谷崎潤一郎を巡る国際会議にも参加した。今後も書籍や学会発表、あるいはマスメディア等を通じて、国内外に向けて研究成果を持続的に発信することに努めていきたい。 今年度は4回の学会発表の機会を得たので、次年度はそれらを論文として刊行するように努めたい。また、これまでの研究を集大成する研究書の刊行に向けた準備を進める予定である。
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Research Products
(10 results)