2015 Fiscal Year Research-status Report
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15K16698
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Research Institution | Tottori University |
Principal Investigator |
中尾 雅之 鳥取大学, 地域学部, 講師 (00733403)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 一人称自伝小説 / 意識描写 / 物語る私・体験する私 / 視点 / ダイクシス表現 / 意識のレベル(知覚・概念) / 追体験 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度の研究成果は以下のとおりである。 (1)まず英国小説の意識描写に関する文献収集を、近年出版された文体論・物語論関係の書籍を中心に行った。予想通り、最近の文献においても、意識描写を扱っているほとんどの研究が三人称小説(特に20世紀モダニストの作品)に集中していることがわかった。また意識描写を分析する際に、知覚レベル(作中人物の外の世界への知覚)と概念レベル(作中人物の内面にある感情や思考)の意識に分けて記述している先行研究も少ないことがわかった。小説の意識描写における本研究の位置づけを再確認することができたと思っている。
(2) 次に先行研究の中でも、特にStanzel, Cohn, Fludernik, Warner等の語りの理論及びBanfield, Galbraith等のダイクシス転移理論(視点の移動とダイクシスの関係)を基盤にして、暫定的ではあるが、一人称自伝小説における意識描写と言語表象の関係を分析するための枠組みを構築した。さらに、物語る「私」が、回想中、体験する「私」のどのレベルの意識(知覚・概念レベル)を再現しているのか記述するために、異なるレベルの意識の言語指標をそれぞれ示した。そうすることで、物語る「私」が体験する「私」の過去の体験をいかに言語的に再現しているのか分析する方法を設定した。
(3)上記の理論的枠組みを用いながら、『大いなる遺産』と『ヘンリ・エズモンド』において、物語る「私」が過去(特に子供時代)のトラウマ体験をいかに再現(追体験)しているかを国際学会(Poetics and Linguistics Association)で発表した(2015年7月、ケント大学)。またその発表内容をProceedingsに投稿し、掲載されるに至った(http://www.pala.ac.uk/uploads/2/5/1/0/25105678/nakao_masayuki.pdf)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
今年度の進捗状況は以下のとおりである。 (1)当初の計画どおり、これまでに出版された語りの理論やダイクシス転移理論を参考にして、一人称自伝小説における意識描写を分析するための暫定的な枠組みを構築することができた。この枠組の特徴は、一人称自伝小説における2つの表現主体(語り手としての「私」と作中人物としての「私」)の心理的距離と意識描写の関係を、異なるレベルの意識(知覚レベルの意識と概念レベルの意識)とその相互関係を示しながら、図式化している点にある。この枠組は、同時に、語り手としての「私」が知覚・概念レベルの意識描写を再現することで、いかに当時の体験を「追体験」していくのかを示す図にもなっている。
(2)異なるレベルの意識(知覚・概念)を表す言語指標を設定し、その類似点・相違点に注意しながら、意識描写(represented perceptionとrepresented thought)の言語形式を分析する観点を構築することができた。
(3)この枠組みをベースとしたテクスト分析(ディケンズの『大いなる遺産』とサッカレーの『ヘンリ・エズモンド』)を、文体論・物語論の専門家が多く出席する国際学会(Poetics and Linguistics Association)において、発表することができた。両作品における意識描写の共通点・相違点を、具体例を通して、示すことができた。この点は、当初の計画以上に進展している。また 発表後のディスカッションでは、この枠組みをさらに精緻化していくために必要な観点を得ることができた(特に、語り手としての「私」の「追体験」のプロセスを、読者がどのように受容(錯覚)しているのかについて:cf. 「直接性の錯覚(the illusion of immediacy)」)。これらの観点をふまえた上で、今回の発表内容を学会のProceedingsに発表できた。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究計画は以下ように進めていきたいと考えている。 (1)一人称自伝小説の意識描写を分析するための枠組みをさらに精緻化していきたい。その際、読者が、語り手としての「私」が過去の体験を追体験している状況(つまり当時の知覚・概念レベルの意識の相互作用を再現しようとしている状況)をどのように受容しているのか考慮する。
(2)28年度に扱う予定であった『大いなる遺産』と『ヘンリ・エズモンド』の分析を27年度のうちにある程度達成できたので、今年度は、サッカレーの初期の一人称自伝小説『バリー・リンドン』の意識描写の分析を中心に扱っていきたいと考えている。また当作品と後期に出版された『ヘンリ・エズモンド』の意識描写を比較してみたい。『バリー・リンドン』の分析に関しては、7月に国際学会(Poetics and Linguistics Association)で発表することがすでに決まっている。ここでは悪党であるバリーの自己妄想に満ちた意識がどのように再現されているのかを分析する予定である。
(3)小説における意識描写を、歴史的な観点から考察する環境を整えるために、18世紀・19世紀の英国一人称自伝小説のテクストのデジタル化を行う。
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