2015 Fiscal Year Research-status Report
通俗科学小説と自然科学の普及(1850-1900)
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15K16712
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
ガラベ クリストフ 大阪大学, 言語文化研究科(研究院), 准教授 (80706870)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 通俗科学小説 / 19世紀 / 自然科学 |
Outline of Annual Research Achievements |
まず日本仏語仏文学会春季大会(2015年5月)で、Jean MaceのHistoire d'une bouchee de painに関する口頭発表を行ない、以下の点を示した。①通俗科学作家が消化という主題を選ぶ理由には、生物の本質的機能という科学的重要性だけではなく、物語に容易に変換するプロセス、つまり「小説における有用性」のためであり、特に生命に関する百科事典的知識の普及を可能にする「教育的有用性」のためであること。②人間の身体が調和的な共和国の姿と重ね合わされていることから、生物学の知識はまたイデオロギー的次元を有していること。③以上から通俗科学小説家は伝播すべき知の選択する際に、伝搬すべき知の科学的価値よりもその有用性とイデオロギー側面による効果が重要視していること。この発表は論文として掲載された。 また『表象と文化XII』(2015年5月)にカミーユ・フラマリオンの『ステラ』に関する論文を発表した。論点は通俗科学作家による天文学の定義と、知全体におけるこの科学の位置づけである。そこから次の事柄を示すことができた。①作家が学者であると同時に作家という側面をもつ「アストロゾフ(作家の造語=天文学者+哲学者)」を登場させ、自然科学と文学が融合している19世紀以前の知の歴史への憧憬を感じさせていること。②天文学は「宇宙における生命の科学」と定義されるが、それは大文字の「自然の科学 science de la Nature」であり、自然を全体において捉えようとする総合的・包括的科学であること。③以上から通俗科学作家により自然科学が文化的なあらゆる知の分野を融合することが可能であること。一方、ヘルン(小泉八雲)研究会主催のシンポジウム(2016年2月)における口頭発表では、小泉八雲がフラマリオンの読者であったことを紹介し、フラマリオンの文学性が八雲に与えうる影響について論じた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の目標は、通俗科学小説において、作家がどのような自然科学の主題を選択したのか、またそれが選ばれた理由と背景を分析することであった。具体的には三つの解釈の基準〔①科学的価値②教育的価値③文学的価値〕でもって作品を分析し、それによって自然科学における主題の選択とその背景について考察することである。この目標に従えば、次年度以降分析対象となる作品の絞り込みも可能なると考えた。 先に挙げた本年度の研究実績は、この目標に十分沿うものである。Maceの作品分析では、伝播すべき科学的価値よりも、教育的・文学的価値、すなわち知の普及を効率的に行なうフィクションの効果に重点が置かれていることが分かった。一方、フラマリオンの作品分析では学者と文学者双方の側面をもつ、「アストロゾフ」が登場していることからも文学的価値が科学的価値を凌駕していることがうかがえる。 もう一つ重要なことは、これらの業績から分かったイデオロギー的側面や、通俗科学作家達がこのような選択をする背景である。十九世紀後半において、科学と文学はそれ以前に比べてますます分離していき、二つの分断された文化として存在していた。一方自然科学においても、「生命科学」と「地球の科学(地学や天文学等)」に分割されていく。しかし、通俗科学小説家達はある種の保守主義によって特徴づけられている。彼らはむしろあらゆる科学が同じグループとして扱われていた十八世紀の思想や、十七世紀以降の概念である、科学だけでなく文学的教養をもつ紳士「オネット・オム」の伝統を継承している。それらをもとに、今後扱う作家が明らかになってきた。そこで行なった3月の資料収集(フランス)により、Mace、Pape-Capentier, Berthoud等の作家や十九世紀の自然科学者Henri Milne-Edwardsについて調査した。これらの成果は来年度以降発表してきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、まず本年度の資料収集等で得られた結果を論文等で発表しつつ、当初予定していた計画通りに進めたいと思う。それは「教育モデル」としての通俗科学小説がどのような機能を果たしていたかを分析することである。そのためには通俗科学小説という教育的文学が当時の学校教育とどのように連関しているのかを調査すること。それらがどのような文学的手法でもって普及されるか分析することが必要である。その際、特に1882年まで自然科学は学校で必ずしも学ぶ科目ではなかったため、通俗科学小説が学校教育の代わりとして、また自然科学の教育手段として機能しえたという背景を考慮しつつ、進めていく予定である。 具体的には次の問題に取り組む。 ① 教育史との連関:これらの小説が学校教育で扱われることがあったのか。あるいは教育機関の図書館等に所蔵されていたのか。また作家達の教育的背景はどのようなものだったのか。公的機関の教員達は彼らをどのように捉えていたのか。 ② 通俗科学小説が行なう教育方法:できるだけ多くの読者を得るための手段はいかなるものだったのか(演繹的・帰納的論理/語彙の選択/比喩表現など)。また読者を魅了する「娯楽としての科学」小説にするための他の手段はいかなるものだったのか(挿絵や驚きを与えるような装置、内容の娯楽性) 一方、本年度得た結果から、イデオロギーや道徳的要素が通俗科学小説に結びついていることが分かった。だとするとこの時代に通俗科学小説が生まれることとなった思想的背景とは何か。小説家達の思想に共通するものがあるのか。またもし、教育機関でこれらの小説やその手法が採用されるとすれば、通俗科学小説を生みだすイデオロギーと教育機関の思想に何の齟齬はなかったのか。これらの問題を調査・分析しておきたい。
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