2016 Fiscal Year Research-status Report
通俗科学小説と自然科学の普及(1850-1900)
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15K16712
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
ガラベ クリストフ 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 特任准教授(常勤) (80706870)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 通俗科学小説 / 19世紀 / 自然科学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、通俗科学小説が学術的な知をいかにして伝搬しているのかを明らかにすることであった。 そこで、まずこのジャンルで最もよく知られた作品の一つである、ジャン・マセの著作 Histoire d’une bouchee de pain”と その続編を分析した(“Savoirs savants, savoirs vulgarises et ideologie chez Jean Mace”,「表象と文化XIII」、2016年、pp.13-22)。この作品はダーウィンに影響を与えたアンリ・ミルヌ=エドワールの理論「生理的分業division du travail physiologique」を扱っている。報告者は分析を通じて、通俗科学小説においてアカデミックな情報を扱う際に二つの方法が採用されていることを示した。一つは、知を一般化しつつも忠実に伝えるという方法である(語彙の選択や修辞学的技術の駆使による)。一方、通俗科学小説の役割は、知の一般化に終始していない。報告者は同時に、マセがミルヌ=エドワールの思想には存在しない、共和主義者としての彼独自のイデオロギーをミルヌ=エドワールの理論を用いて教授していることを明らかにした。通俗科学小説は、科学的知だけでなくイデオロギーや倫理観を伝搬するために存在したのだ。 本年度はまた、フランスでの資料参照・収集によって興味深い問題に関する分析を行った。一つは、十九世紀後半における市図書館や学校付属の図書館のカタログ分析である。これは当時流通していた通俗科学小説における主題の傾向を知るためだけでなく、一般的にどのようなカテゴリーに分類されていたかを知るためである。また、十九世紀前半の一般的な教育書のリスト作成を行った。これは十九世紀前半から後半にかけて、教育や科学的書籍に変化があるか確認するためである。これらの研究成果は今年中に発表する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
先にも述べたが、本年度の目標は、通俗科学小説が学術的な知をいかにして伝搬しているのかを明らかにすること、すなわち通俗科学小説における「教育的モデル」という側面を分析することであった。先に挙げた本年度の成果は、この目標に十分沿うものである。ジャン・マセの作品を通じて、報告者はアカデミックな科学の知が、作家独自の修辞的技法によって大衆に浸透するように描かれる一方で、作者自身のイデオロギー(共和主義者)もまた、普及するべき知として考慮されていることを明らかにしただけではなく、さらにはこのイデオロギーの普及において科学的知が利用されていることも証明することができたからである。
本年度の計画においては、もう一つの目標があった。それは自然科学と公教育との関係を分析することである。そこで報告者は、フランスでの資料収集を通じて、学校や公共図書館で、いかなる通俗科学小説が読まれていたのか、またそれらは他の書籍と関連してどのようなカテゴリーとして認識されていたのかをすでに調査している。 また、この資料収集作業を通じて、報告者が当初予想していなかった成果も得られることができた。それは十九世紀前半の教育的書籍と報告者が分析対象とする十九世紀後半の書籍を調査した際に判明したことである。十九世紀後半の通俗科学小説は、十九世紀前半の宗教的・道徳的書籍の形態を維持しつつも、その内容に関しては脱宗教化・進歩主義化が見られることだ。これらの成果に関しては、本年度中に発表する予定である。
これらすべての状況を考慮したうえで、研究課題がおおむね順調に進展していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
当初に予定していた今後の研究計画は、通俗科学小説と一般的な文学との関係、特に美学的な領域における両者の関係を分析することである。具体的には、次の二つの問題を扱う予定である。 ① 「役に立つ文学 litterature utile」としての通俗科学小説:通俗科学小説作家が自らの作品を文学として位置付けているが、それはどのような点においてか。 ② 十九世紀後半と二十世紀初頭における文学と通俗科学小説の関係:通俗科学小説の側からも、いわゆる一般的な文学に対して影響を与えたのか、そうであるならば、それはいかなる点においてか。①に関しては、この時代以前の自然科学を扱った作品と通俗科学小説との比較対照を行う予定である。形式や内容面での相違点はもちろんのこと、彼らが先駆者の作品をなんらかの見本、あるいは反面教師としているのかどうか。彼らが主張する新しいジャンルとはどのような点においてなのかを具体的に分析していく予定である。それと同時に、通俗科学小説家が自らを新しいジャンルの小説家であると認識する以上、同時代の一般的文学との比較対照も同じように行う予定である。②に関しては、一般的な文学者が通俗科学小説家やその作品をどう評価していたのか、あるいは一般的な文学もまた、通俗科学小説の発展によってなんらかの影響を受けたのかどうかという問題を分析する。 これらに加えて、先にも述べたように、本年度の研究成果から浮上した興味深い問題もまた今後扱う予定である。それは、形式において通俗科学小説になんらかの影響を与えたとも考えられる、十九世紀前半のキリスト教的書籍と通俗科学小説との関係である。この問題を考慮することで、通俗科学小説の成立意義を明らかにすることができると考える。
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