2015 Fiscal Year Research-status Report
オーストリア文学における非-体験の災厄の語り E・イェリネクを例に
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15K16713
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
福岡 麻子 神戸大学, 学内共同利用施設等, 准教授 (40566999)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 独語圏文学 / オーストリア現代文学 / イェリネク / 想起の文化 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究実施計画に基づいて平成27年度は、イェリネクも依拠するオーストリア戦後文学の方法論に照らし、テクストの視覚的・聴覚的作用が持ちうる意義に着目した考察に着手した。近年のドイツ語圏におけるメディア論を牽引するS. クレーマーの諸論考を手掛かりとした。その際、書字や音といったテクストの造形的側面の検討という当初の予定を超え、メディア論の蓄積や「媒介(する)」というコンセプトの多面性は、(非-)体験を(文学として)語るという営みそれ自体の考察において多大な示唆となることが明らかになった。 これを踏まえ、クレーマーの主著の一つ"Medium, Bote, Uebertragung“(2008)における「翻訳」概念に依拠し、オーストリアのナチズムの過去、そして東日本大震災を題材とするイェリネク諸作品の考察を行った。イェリネクは単に「社会批判的」と位置づけられることも多いが、本研究では一歩踏み込んで、非-体験の災厄、つまり、何らかの表象という〈既に媒介された形〉を通じて(のみ)体験した災厄についての語りとして、イェリネクの文学的手法、とりわけ引用という手法を、従来とは異なる観点から示すことができた。 この成果は、まずドイツ語論文としてまとめ、国際的なイェリネク研究の拠点となっているウィーン大学(オーストリア)イェリネク研究所のインターネットプラットフォームに掲載された。またこれに基づき、同研究所が主催した国際学会(平成28年2月)にて発表を行い、他参加者らと議論を行った。その後、同研究所および研究協力者をウィーン大学にて訪問し、研究面談を行った(同年同月)。これらにより、演劇と文学というジャンル(フォーマット)の相違と関連、より包括的な「カタストロフィ」のディスクールに関する考察といった、研究を方向づける新たな課題、および関連資料を見つけることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
実績概要で示したように、平成27年度は、資料収集、考察、成果発表のいずれにおいても、順調に研究を進めることができた。 イェリネク研究の基本文献は、日本国内ではまだ潤沢とはいいがたい。各論的著作を網羅することは困難であるものの、上述のイェリネク研究所編著による総論的研究書の収集・読み込みを行い、イェリネク研究の展開・動向を追うことができた。これらに加え、S. クレーマーを中心とするメディア論領域の蓄積に照らすことで、これまでのイェリネク研究ではあまり顧慮されていなかった、「媒介された」災厄の体験とその(文学的)言語化という観点を得ることができた。また、ウィーン大学での研究協力者らを訪れて議論・面談を行なったが、その過程で難民問題や保守派の台頭といったオーストリアのリアルタイムな政治的・社会的な状況という、作家・作品・受容のおかれた文脈に直接あたることができたのも収穫である。 これらの成果は、上述のように論文 Erzaehlen der unerlebten Katastrophen Uebersetzen als literarisches Modell bei Elfriede Jelinek und Autoren der "zweiten Generation“、および国際学会(平成28年2月、於ポーランド・ヴィドゴシュチ大学)において、国外にも問うことができた。また、KYOTO EXPERIMENT 2016 京都国際舞台芸術祭において、地点『スポーツ劇』プレイベント講師として招聘され、「モンタージュの作家・イェリネクの詩学」と題したレクチャーを行なった(平成28年2月)。ここでもオーストリアの過去とのイェリネクの取り組みについて取り上げたが、聴衆側と活発な意見交換を行うことができ、本研究に対する示唆を得ただけでなく、成果を社会に還元する一端ともなった。
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Strategy for Future Research Activity |
今後も引き続き「メディア」という観点からの考察を行うが、研究全体の中盤にあたる平成28年度は、前年度の成果を基に、イェリネクの「語り」の方法をより厳密に記述することを目指す。 そのためにまず、前年度の成果として見えてきた新たな問題、すなわち「災厄をめぐるディスクール」を主要な観点とする。第二次大戦後ドイツ語圏における「カタストロフィ」論の主要著作をあたり、一端をまとめた上で、その流れにおけるイェリネクの「非-体験の災厄の語り」の位置付けについて考える(歴史的視点の導入)。また、第二次大戦や東日本大震災を題材とする作品は、日本や隣国ドイツといった、オーストリアとは異なる文化圏においても枚挙に遑がない。これらのテクストのいくつかと比較することで、現代オーストリアの例としてのイェリネク作品の諸相と位置づけを考える(比較文学的観点の導入)。 一連の考察は、研究代表者が現在参加している二つの研究グループによる定期会合(国内、毎月開催)においても進める予定である。「空間」概念、および、「交換」概念をめぐるこれらの研究会では、より広く文化研究の観点から示唆を得ることが見込まれる。またウィーン大学イェリネク研究所にも引き続き資料収集・考察の両面で協力・助言を仰ぎ、国内外の研究者とのやり取りを通じて、議論の精緻化を図る。成果発表は引き続き、学会等における口頭発表、および学術論文の発表という形で行なう。
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Research Products
(3 results)