2017 Fiscal Year Annual Research Report
The study of place of seclusion from the Six Dynasties to the Middle Tang dynasty :gardens, mountains and forests, dwellings
Project/Area Number |
15K16721
|
Research Institution | Shiga University |
Principal Investigator |
二宮 美那子 滋賀大学, 教育学部, 准教授 (40738895)
|
Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
Keywords | 隠逸 / ユ信 / 六朝 / 小園 |
Outline of Annual Research Achievements |
昨年度に引き続き、詩人ユ信の文学を中心に、六朝における隠逸空間のありかたについて考察した。 六朝詩人たちが隠逸空間を描く作品として、「居」賦の系譜がある。西晋・潘岳「閑居賦」、南朝宋・謝霊運「山居賦」、南朝梁・沈約「郊居賦」がその代表的な作品である。これらの作品は、自身が定めた隠逸の「居」(すまい、生活)について、その由来・環境・美点などを賦特有の「鋪陳」(羅列によって全体を捉えようとする表現方法)を駆使して述べる。これら先行する作品と、南朝梁から西魏・北周に仕えた詩人ユ信の作品「小園賦」を比較し、「小園賦」の独自性を分析する研究を進めた。 ユ信が北朝に移り間もない時期に作られた「小園賦」は、隠逸の住まいを描くという点において、「居」賦の変奏と見なすことができる。「小園賦」の独自性として、描かれる空間が閉鎖的であり、「外部」との交流をほとんど持たないことが挙げられる。「小園」にはそれを定位する言葉(隠逸の場の由来や自らの隠逸の意味づけ)が欠落しており、これを「居」賦の表現――天子の支配する「世」と対置して閑居を意味づける(「閑居賦」)/先祖代々続く土地の由来から山居を意義づける(「山居賦」)/一族の歴史、王朝の歴史の中に郊居を位置づける(「郊居賦」)――と比較すると、際だって異質である。地縁・血縁から切り離され、北朝で生きざるを得なかったユ信が築いた隠逸空間が、いかに「異例」なものであったかが、これにより浮き彫りになる。また「小園賦」の例からは、当時の隠逸の場が、地理的・歴史的な由来、天子が支配する「世」との対置など、周辺からの様々な保証を得て成立する面を持っていたことがわかる。中唐以降あらわれる、心身の満足によって隠逸空間を意味づける態度とは大きく異なり、六朝時代における隠逸の特徴の一つと指摘できる。 以上の内容をまとめた論考を、『中國文学報』第九十冊に掲載予定である。
|