2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
15K16836
|
Research Institution | Japan Women's University |
Principal Investigator |
西 弥生 日本女子大学, 文学部, 研究員 (50459939)
|
Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
Keywords | 弘法大師 / 東寺 / 賢宝 / 絵巻 / 編纂 / 推敲 |
Outline of Annual Research Achievements |
醍醐寺には東寺本「弘法大師行状絵」の草稿本「弘法大師絵詞」が伝存している。東寺本「弘法大師行状絵」は全十二巻という大部に及ぶ絵巻であるが、醍醐寺の草稿本は全巻にわたる詞書の草稿としても極めて珍しく、絵巻の編纂過程を語る決定的な史料の一つである。そこで本年度は、清書本と草稿本とを比較検討し、加筆修正が施された箇所の分析を通じて、推敲の実態を明らかにすることを試みた。 検討の結果、記述の追加・削除・修正などによる内容の異同が全巻にわたって散見されることがわかり、賢宝による推敲の痕跡をとらえることができた。具体的には、平仮名から漢字への書き換えやその逆のパターン、語句単位での表現の異同が見られるだけでなく、清書本にない一節が草稿本にはあるといった異同例が確認できた。 賢宝は詞書の撰述にあたって多くの素材を収集し、その中から必要な記事を抽出して詞書を撰述するという方法をとった。詞書の草稿ができた後、東寺長者を兼務していた醍醐寺座主光済の確認を経て、賢宝はさらに推敲を施し、絵巻を完成させたのであろうとの一応の結論に至った。 なお、絵巻をもとにして宝暦八年(1758)に刊行された版本を入手することができ、絵巻からいかなる媒体が派生的に生み出され、どのような機能を果たしたのかという新たな視点を発見することができた。 編纂論としての本研究は、弘法大師伝という一連の情報体系の中でとらえるべきものであり、情報史の観点からの研究へと発展させていける可能性があることに気づいた。中世における情報処理の実態を今後解明していく上で、本年度の成果はその土台となるであろう。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、絵巻「弘法大師行状絵」の草稿本と清書本の比較検討を行い、全十二巻とも作業を終了することができた。前年度は詞書の元となった素材を突き止め、本年度は推敲の実態を検討したことにより、絵巻制作の過程が次第に明らかになりつつある。 本研究に関連して、前年度より引き続き地域住民の方々とともに実施してきた「仏教文化勉強会」では、詞書の講読を行った。講読を進める中で、弘法大師をめぐる伝説が中世・近世の聖俗両社会において大きな社会的影響力をもち、多くの庶民を魅了してきたことに気づいた。そこで、勉強会では詞書の講読のみならず、「弘法大師行状絵」に語られた多彩な伝説やその魅力を社会に発信していくための方法についても議論を行った。研究成果を社会に還元することで、仏閣の維持につなげることができないか議論を重ねる中で、絵巻のもつ様々な可能性を発見することができた。 以上のような理由から、当初の計画通りおおむね順調に進展していると思われる。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進方策としては、東寺本「弘法大師行状絵」の詞書と、それに先行して成立した三つの系統の弘法大師伝絵巻の詞書を比較検討し、異同を具体的に明らかにすることで、東寺本の独自性や編纂意図を探る予定である。 東寺本「弘法大師行状絵」に先行して成立した第一系統「高祖大師秘密縁起絵」・第二系統「高野大師行状図画」六巻本・第三系統「高野大師行状図画」十巻本の詞書との突き合わせを行い、全体構成および各巻の記述内容・表現上の相違点や、登場人物の異同、名称表記の異同などについて分析することで、弘法大師伝絵巻の集大成とされる第四系統「弘法大師行状絵」(東寺本)の独自性を明らかにするとともに、いかなる意図に基づいて東寺本の詞書が撰述されたのかを考察する。 また、江戸時代になると絵巻をもとに、版本や曼荼羅といった媒体が派生的に生み出され、弘法大師伝の普及が進んだ。そこで、様々な媒体によって広められた弘法大師伝という大きな情報体系の中に、絵巻がいかに位置づけられるのかという点についても合わせて考察していきたい。 なお、これまで地域住民の方々とともに実施してきた「仏教文化勉強会」も継続して行い、詞書の講読を進めるとともに、「弘法大師行状絵」の魅力や、絵巻に表現された仏教文化のもつ多彩なあり様をいかに国内・海外に向けて発信していくかという点についても、引き続き検討していく計画である。
|
Causes of Carryover |
本年度の研究計画に沿って研究を遂行してきた中で、年度末に近づいた段階になって新しい発見があり、視点が広がった。そこで、残額分を使用して関連図書の購入を考えたが、時期的に間に合わないことから次年度に繰り越すことにした。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
研究の遂行に伴い、次年度の研究計画にも密接に関わる新たな発見があったことから、翌年度分として請求した助成金と合わせて、関連図書を購入する予定である。
|