2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
15K16859
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Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
小林 繁子 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 准教授 (20706288)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 魔女 / 請願 / 裁判 / 神罰 / 宗派化 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は夏季にドイツへ渡航しツヴァイブリュッケン、シュパイヤー、コブレンツの文書館で史料収集を行った。これまで主な対象地域としていたカトリック司教領と比較するため、隣接する世俗のプロテスタント地域の裁判史料や教会巡察記録などを集めることができた。ただ、請願史料が想定したよりも残存数が少なく、請願を通じた臣民の働きかけ-裁判実践-法令の制定という、カトリックの司教領に見られたモデルを実証することは困難であるという結論に達した。
そこで、得られた史料を用いつつ、請願史料にたびたび登場する「神罰」の概念を裁判史料や法令、学識者のテキストを用いつつ分析した。「神罰」概念は説教や法令などで「宗教的な逸脱は集合的な罰をもたらす」として、しばしば宗派化時代における臣民の規律化の文脈で用いられた議論である。しかし逆に、「悪を罰しなければ共同体全体に神罰が下る」として魔女裁判を推進する文脈でも神罰が持ちだされるのである。何らかの災害を「神の怒り」と解釈し内省を促すというキリスト教的な概念が、「魔女が災害をもたらす」という当時の民間信仰とどのように両立/あるいはいずれかを克服できたのかを分析した。そこから、プロテスタント世俗領邦では、神罰は誤った裁判権の行使に向かうと解釈され、裁判の逸脱(無軌道な魔女裁判)を厳しく制限したのに対し、カトリックの司教領では神罰を臣民教化に利用しようとするものの、これを盾にした魔女裁判要求に対抗しえなかったことを明らかにした。
これらの成果は、一部では比較国制史研究会(2017年1月)に報告し、また宗教改革500周年を記念する論文集の収録論文「魔女迫害と「神罰」――プロテスタント地域とカトリック地域」として、2017年中に刊行される予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
カトリックの司教領邦とプロテスタントの世俗領邦との比較という観点からは、新たな史料調査を行い、ラインラント~ザール地域という広域比較を行う上での史料基盤を得ることができた。とくに、司教領邦とプロテスタント領邦の支配権が重複する地域における魔女裁判事例の史料を分析できたことは意味が大きい。ここでは、極小領邦であり部分的にしか裁判権を行使できない裁判領主が、いかにして隣接大領邦から自領の独立性を確保するのか、という近世的な支配形成のあり方もあぶり出されたからである。ここでは、個別的支配権に分断された中世的支配と全的・中央集権的な近世的支配のあり方も明らかにできた。
さらにそこで働いた「神罰」観念の効用に焦点を当てて分析したことで、宗教改革(臣民・支配者双方における内的規律化)と魔術的世界観との相克を具体例において理解することができた。また、それらの成果を宗教改革500周年記念論集において発表することができた。このように宗教改革という領域の中に魔女の問題を位置づけて論ずることは、魔女という特殊分野のように語られがちな領域を近世全体の中に位置づけるという本研究の狙いにも合致するものである。
他方、本研究における主眼である請願史料が、プロテスタント地域においてはカトリック地域ほどのまとまった数が見つかっていない。請願史料原本は失われており、その痕跡はおそらく在地役人と中央機関(宮廷顧問会)などのやり取りの中に残されているのではないかと推測される。また、行政・司法の実務に当たる役人の社会的背景についても、検討の余地が残っている。すでに入手している先行研究を土台にしつつ補完的な史料調査を行い、プロソポグラフィーの手法を用いて分析を進める必要がある。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度までにプロテスタント地域において請願史料が見出されなかったが、それについては宮廷顧問会と在地役人との書簡などを精査し、臣民側からの働きかけを見出し得ると推測している。また前年度までに蓄積した事例を総括し、広域的な人的ネットワークの文脈において考察する。たとえば、ケルン―マインツの両司教領には法令を相互参照され、裁判記録を用いた鑑定も領邦をまたいで行われた。このようなつながりの背景には人的な交流があったことが考えられる。そこで、特に宮廷顧問会を構成する学識者、また貴族層の出自、出身大学などを調査することで、広域的な人的交流のあり方を分析する。先行研究では時期的に限定されたものではあるが、いくらか役人の背景に迫った研究があるため、それらの調査方法を踏襲し、何らかの広域的ネットワークを探究する。そのために、夏季にドイツに渡航し、必要な史料を収集する予定である。
また、マインツ―ファルツのように宗派も魔女裁判への態度も異なる隣接地域において、同様の人的紐帯があったかも検討課題である。すでに検討した裁判事例では、マインツ選帝侯の宮廷裁判所において、ファルツ選帝侯に人的に服属する農奴が裁かれたというものがあった。ここではマインツの法律家が被告の弁護も行っているが、それらの人選がどのように行われたのかも明らかにする余地がある。
ファルツのように極めて魔女裁判に抑制的であった地域と、魔女裁判が多発した地域とでは、学識者の態度のあり方はどのようにことなり、またそれらは出自や学歴からどのように説明しうるのか、という角度から、これまでの裁判事例を再検討していく予定である。その成果はドイツ語ないし英語で論文としてまとめていく。
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Research Products
(3 results)
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[Book] ドイツの歴史を知るための50章2016
Author(s)
小林繁子, 森井裕一、安達亜紀、飯田洋介、猪狩弘美、石田勇治、井関正久、石橋拓己、岩嵜周一、岩間陽子、川喜田敦子、菊池雄太、近藤正基、齋藤正樹、櫻井文子、遠藤修一、妹尾哲志、高津秀之、田口正樹、田中素香ほか
Total Pages
376 (33-38, 122-123, 133-144)
Publisher
明石書店