2016 Fiscal Year Research-status Report
宮座文書における「差定状」の管理史および儀礼史の解明:物質文化研究の視点から
Project/Area Number |
15K16907
|
Research Institution | Lake Biwa Museum |
Principal Investigator |
渡部 圭一 滋賀県立琵琶湖博物館, 研究部, 学芸技師 (80454081)
|
Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
Keywords | 頭役祭祀 / 差定状 / 宮座文書 / オビシャ文書 / 中近世移行期 |
Outline of Annual Research Achievements |
科学研究費補助事業の二年目にあたり、宮座文書のなかでも極めて古い様式を示す頭役差定文書を重点的に調査した。 今年度は、鎌倉期からの頭役祭祀で知られる多賀大社(多賀町多賀)の「馬頭人祭」について、多賀町教育委員会・多賀大社による調査事業に本格的に参画した。年頭の差定式に始まる祭祀の全行程を記録し、現在も生きている文書儀礼のモノグラフ作成を進めている。あわせて近世~近代期の複数の差定状原本の撮影に着手し、多賀大社の差定システムに関する体系的な研究に弾みをつけることができた。 これに並行して、「ずいき祭り」で知られる御上神社(野洲市三上)では、差定状原本を含む未紹介の頭役祭祀文書の整理と目録作成を進めた。同じく「すし切り神事」を伝える下新川神社(守山市幸津川)では、神事の場に掲示される「差定書」と、その背景にある当番組ごとの大量の引き継ぎ文書の存在が明らかになった。奈良県五條市でも、事実上の新出といってよい中世末期「頭文」の原本調査の機会を得たほか、差定文書ではないが、奈良県天理市の大和神社の宮座でも、慶長期に始まる引き継ぎ文書の撮影・調査が実現した。 上記の調査から、一般に中世後期には衰退・消滅すると考えられてきた古典的な頭役祭祀が、中近世移行期の村社会でも被差定圏を再編しつつ持続的に展開する過程が具体的に明らかになってきた。これら進行中の調査の成果として、2016年度の期間中に学術論文など数編が刊行されたほか、宮座・頭役祭祀研究に関する総説1編を脱稿した。 一方、初期の頭役祭祀文書は存在しないと思われていた関東村落の共同調査でも、千葉県市川市史編さん事業におけるオビシャ調査グループの調査をきっかけとして、近畿地方に匹敵する慶長~寛永期のオビシャ文書が相次いで(再)発見された。これについても共同調査の体制を整え、成果を順次公表しつつある。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初計画していた近江国の頭役差定文書については、新出のものを含む複数地点の差定状の調査を順調に継続でき、本研究の課題としていた近江国の差定状の悉皆把握に近づいている。また多賀大社の差定状については、多賀大社・多賀町教育委員会による調査事業との連携により、単なる文書撮影だけでなく、文書に伴う管理・儀礼の全容を記録することができ、差定状の儀礼史・管理史をテーマとする本研究課題にとっては期待以上の調査資料が得られた。 これらの研究成果の発信についても、複数の学術誌に公表するなど順調に進んでいることから、近江国における調査は、当初の計画以上に順調に推移していると判断している。なお当初の申請時に調査予定地域としていた湖北地方については、湖南・湖東の調査が順調に進んでいることから、現地調査ではなく文献調査で代えることとしたが、進捗状況を左右するものではないと判断している。 また上記に加えて計画していた近江国周辺の頭役差定文書については、昨年度の香芝市下田の調査に続き、今年度も奈良県の複数地点の「頭文」の調査が実現したことで、やはり計画どおりの知見が得られつつある。 さらに当初の計画には含めていなかった南関東地域の村落祭祀組織における文書について、申請者を含む共同調査によって慶長~寛永期に遡る未知の文書が相次いで(再)発見され、関東でも初期祭祀文書の管理・儀礼の実態に迫る手がかりを得ることができた。その途中経過は学会分科会で共同報告ずみで、さらに具体的な成果公表の準備も進んでいることから、やはり当初の期待以上に順調に推移しているものと判断した。 なお当初の申請課題では福井県若狭地方の差定状調査を計画していたが、資料としては既知のものであり、上記の新出文書調査の緊急度を上回るものではないことから、今年度は実施しなかった。これも全般的な研究の進捗状況を左右するものではないと判断している。
|
Strategy for Future Research Activity |
2017年度は、これまでの2年間に得られた近江・近畿地方の調査データを補足しつつ、これを全国的視野から位置づけ、その成果発信を進める時期として計画している。具体的にはつぎの点を重視して研究を進める。 (1)継続調査の実施:①近江国の差定状の補足調査。これにより差定状原本の悉皆把握を進める。これまでの調査による遺漏分や、現在は途絶した差定状の事例も集成することで、差定状の分布データを確定させる。②多賀大社および周辺地域における差定状儀礼・管理の継続調査。多賀大社の差定システムの全容の把握に努める。これは当初の課題には含まれないが、多賀大社の差定状の儀礼・管理には予想以上に複雑な歴史的展開があること、また近隣でも差定儀礼の存在が予想されることから、2017年度の継続調査課題とする。③南関東のオビシャ文書に関する補足調査。 (2)研究知見のまとめと発信:①中近世以降期における頭役祭祀の再編過程の解明と研究発信。本研究課題では、惣村宮座に収斂しない複数の祭祀組織の伝統に光をあて、惣村を到達点とする単線的な発展モデルを見直すことを目標に掲げていたが、2016年度までの成果公表によって、これを具体的に提起することができた。②さらに本課題では、当初、古典的な頭役祭祀は単なる残存ではなく、特定の身分や階層の者によって再構築され持続してきたものと想定していたが、この予想もほぼ確実なものとなり、頭役祭祀の持続的展開のパターンもいくつかに整理できる見通しである。2017年度は、主にこの点について成果発信を進める。③上記の点は、関東地方の祭祀組織を含む全国的な視野から、16世紀~17世紀の中近世移行期における社会変動の問題として理解しなくてはならない。この観点から、南関東のオビシャ文書に関する補足調査を進め、かつ関東地域に拠点をおく研究者との研究会等を通じて、成果発信の幅を広げていく。
|
Research Products
(5 results)