2016 Fiscal Year Research-status Report
表現の自由の再構成:ドイツにおけるプレスの自由論を素材として
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15K16925
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Research Institution | Osaka City University |
Principal Investigator |
阿部 和文 大阪市立大学, 大学院法学研究科, 准教授 (40748860)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 憲法 / 表現の自由 / プレスの自由 / ドイツ / ヴァイマール憲法 / 緊急命令 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、前年度に引き続き、ヴァイマル共和国期のプレスの自由に関する資料の分析、及び追加の資料収集を行なった。後者に就ては、昨年10月にドイツ連邦公文書館に赴き、行政文書の閲覧・収集を行った。対象は1930年代の緊急命令のみならず、1920年代のプレス法制の運用・改革論、及びナチスの政権獲得以降の変化を含む。複写申請を行った資料が到達したのは本年二月である。 前者に就ては、概ね次の事項が解明された。先ず、ヴァイマル共和国期全体としては、議論された問題には次の様な変遷が見られる。①20年代前半まで:プレスの国有化の是非、経済危機に伴う国家による経済的援助、共和国保護法に基づく制約の当否、②20年代中盤:名誉毀損訴訟に於ける報道関係者の保護、刑事事件の報道の在り方、ラジオによる報道活動の是非、③20年代末から:政治的過激主義への対応(前年度概要に記載)等。 併し、かような変遷が在るものの、そこにはプレス(の報道)が民主制に於て国民・世論と国家権力を媒介する責務を担う、との関心が通貫している。それは一方で、責務を十分に果たし得るだけの自由・権利の拡充を求めるが、他方でそれに貢献しない表現(例えば政治的に過激な表現)に対する規制を正当化する論拠にもなる。特に後者は、プレスの自由によって保護されるべき表現とそうでない表現との間に、一定の区別が観念されていた事を示唆する。然もこの思考は法律家・プレス関係者の多くに共有されていた。 亦、緊急命令による厳格な規制に対しては、プレスの自由を実質的に廃止するものという評価を下す意見も存した。併しその場合でも、非常事態に関する一時的な措置であり、然もプレスの自由本来の機能を回復する為の措置だという正当化が為されている。 尚、以上の諸問題に就ては、特に政府関係者として緊急命令の立案・運用にも携わったクルト・ヘンチェルの言説が、重要と考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
A 外在的な事情としては、前年度は勤務校が替わり、初めて本格的な教育業務に携わる事となった。このため、学部・教養課程の計8単位分の講義案と学部の演習の準備をせねばならず、結果として研究に費やせる時間は大きく限定された。 B 次に、研究に内在する事情としては、第一に、本研究課題に関連するまとまった二次文献が依然として発見されない点が重大である。このため、収集した一次資料を整理・分析する際に、ひとまず既存の業績を踏まえて批判・検討する手法が採れず、手探りで作業を進めざるを得ない。(例えば緊急命令に基づく処分の厳格さと対象となった文書の内容・政治的傾向との間に相関関係があるのか、行政機関の命令が裁判所によってどの程度踏み込んで審査されたのか、等のデータ・知見は存在しない。) 亦、第二に、既存の文献の中で言及のある場合でも、記述が断片的であり、現在の視点に基づく強いバイアスがかかっている場合が多かった。(現在の水準に比してプレスの自由の保障が弱いという論定で済まされ、細かな法状況や背景にある事情に立ち入って検討するものは、管見の限りでは殆どない。) C 以上の様な理由により、昨年度に続いて研究の速度を上げる事は叶わず、限られた時間の中で、一次資料の意味と他の資料との関連性を慎重に読み解くという以外の手立ては存在しなかった。今年度は教育業務による負担が相対的には軽くなる見通しである為、挽回を図りたい。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度の作業目標としては、昨年度までに得られた知見を論稿にまとめ、所属研究機関の研究紀要に公表する事を最優先とする。具体的な論題としては次の二者を予定している。 ①クルト・ヘンチェルの論説を主な素材として、ヴァイマール共和国期のプレスの自由(権利の重要性、保護される表現の範囲、具体的な保障の程度等)と法制・議論の変遷(共和国保護法・緊急命令等による規制の変化、その許容性・正当化に関する議論の分岐等)を概観する事、 ②プレスの訂正義務(ライヒ・ラント政府等の要請に基づき、当局の反論・声明を掲載する義務)に関して、特にそれを従来の法制に比して厳格化した1931年7月17日の命令を軸として、当該制度が導入された背景(発行禁止等の既存の措置では不十分とされた理由等)、プレスの自由(特に編集者の自由)との関係に関する議論を分析する事。 以上の論稿を執筆する外、一昨年度より収集した資料の分析を進め、逐次、公表可能な程度にまで論旨を纏めていく予定である。 特に、①他の表現とは異なる、プレス特有の責務がどのようなものとして観念され、それがプレスの自由やその具体的な保障に対してどのような帰結をもたらしていたのか、②抑々プレスの自由として保護に値する表現が、いかなる条件を満たしている必要があると観念されていたのか(特に、政治的に過激な表現が、まさに政治的問題を主題としているにも拘らず、厳格な制約もやむを得ないと考えられた背景は何なのか)、という二つの論題に就ては、今年度中に一定の結論に達したいと考えて居る。
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