2016 Fiscal Year Research-status Report
生態と進化から解明する深海性多毛類の硫化水素適応戦略
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15K18616
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
小糸 智子 日本大学, 生物資源科学部, 助教 (10583148)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 硫化水素無毒化 / ヒポタウリン / チオタウリン / タウリン合成経路 |
Outline of Annual Research Achievements |
深海熱水噴出域では数百℃に熱せられた海水が硫化水素や重金属とともに噴出している。しかしながら、この有毒な環境でも化学合成生物群集とよばれる無脊椎動物を中心とした豊かな生物群集が存在する。近年ではチオタウリン合成が硫化水素の無毒化に寄与していると考えられている。チオタウリンは含硫アミノ酸とよばれる無毒な物質で、前駆体のヒポタウリンよりも硫黄原子が1つ多い構造である。そこで、環境中の硫化水素とヒポタウリンを反応させ、チオタウリンを合成することで無毒化していると考えられてきた。このことから、体内のチオタウリン量は環境中の硫化水素濃度に相関することが示唆されてきた。これまで、熱水噴出域の近傍に生息する2種の深海性多毛類(マリアナイトエラゴカイ、ウロコムシ類)を用いて異なる濃度の硫化物に短期暴露し、アミノ酸分析を行なったところ、種や硫化物濃度によってチオタウリン・ヒポタウリン量が異なることがわかった。この2種の多毛類はマリアナイトエラゴカイが基質に固着し、ウロコムシ類がいぼ足による移動を行うという生態をもつ。そこで、前述の硫化物応答の相違は生態の違いによるものであるという仮説を立てた。本研究では、マリアナイトエラゴカイを用いて短時間の硫化物曝露を行ない、ヒポタウリン合成を含むタウリン合成経路に関与する遺伝子の探索をおこなったところ、タウリン合成に関与する4つの酵素遺伝子の存在を確認した。このことから、マリアナイトエラゴカイはシステインスルフィン酸経路によってタウリン合成をしている可能性が示唆された。また、4つの酵素遺伝子の単離および遺伝子発現定量を試みたところ硫化物濃度に対して顕著な増減はみられなかった。したがって、硫化物の濃淡に関わらず恒常的に酵素遺伝子を発現させることで環境に適応している可能性が示唆された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
平成27年5月実施の『かいよう』研究航海KY15-07および平成28年5月実施の『新青丸』研究航海KS-16-5において、伊豆小笠原明神海丘の熱水噴出孔からマリアナイトエラゴカイとウロコムシ類を採集した。船上でマリアナイトエラゴカイを海水に溶解した硫化ナトリウム(0mol/L、0.5mmol/L、20mmol/L)に曝露し、経時的(1、4時間後)サンプリングした。 各1個体を用いてRNA-Seqを行ない、得られたコンティグのGO解析により発現遺伝子を同定した。KEGGのPATHWAY解析を行なった結果、タウリン合成に関与する4つの酵素遺伝子の断片配列を確認した。そこで、マリアナイトエラゴカイについて特異的プライマーを設計し、クローニングにより完全長を単離した。単離した塩基配列からプローブを設計し、上記の硫化物曝露で使用した個体のリアルタイムPCRを行なった結果、4つの酵素遺伝子は硫化物濃度に対して顕著な増減がみられなかった。したがって、マリアナイトエラゴカイは恒常的に酵素遺伝子を発現させることにより硫化物濃度の濃淡に適応している可能性が示唆された。また、本研究より、システインスルフィン酸経路を主な合成経路としている可能性も示唆された。 さらに、分子系統解析を行なうため、採集した多毛類から抽出したDNAを用いてミトコンドリアDNA COI領域を増幅した。データベースに登録されている多毛類の配列と併せて最尤法による系統樹を構築したところ、得られた系統関係は信頼性が低いクレードもあり、進化プロセスについて論じるには精査が必要であるが、同所的に複数の多毛類が生息していることが明らかとなった。 研究航海では海況の影響により、曝露実験に必要な個体数を採集することができず、硫化物曝露に供した個体数が少なかったことにより、アミノ酸分析や酵素実験を実施することができず当初予定よりやや遅れている。
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Strategy for Future Research Activity |
4時間までの硫化物曝露ではタウリン合成に関与する酵素遺伝子の発現量に顕著な増減はみられなかった。これは迅速に硫化水素に対して酵素反応が生じることにより遺伝子発現がプラトーになっている可能性が考えられる。そこで、今後はより短い時間で曝露した個体を用いる必要がある。さらに、タウリン合成経路以外に顕著に発現が増減している遺伝子群を網羅的に探索するため、複数個体を用いたRNA-Seqを実施し、リード数を比較することで検出していく。そして、それらの遺伝子群のPATHWAY解析により、硫化水素無毒化と関係する代謝系などを明らかにする。さらにそれらの発現量が経時的にどのように変化するか明らかにするため、まず多毛類の硫化物曝露実験を実施する。そして、硫化水素無毒化に関与する遺伝子群をクローニングにより単離し、プローブを設計してリアルタイムPCRにより経時的な発現量の比較を行なっていく。 本研究により、深海性多毛類のタウリン合成経路を明らかにすることができた。その一方、酵素遺伝子の発現量は環境中の硫化物濃度に依存しないことも明らかとなった。しかしながら、この結果はタウリンやヒポタウリン、チオタウリンなどの含硫アミノ酸量と一致していない。つまり、これは合成経路の一部の反応が律速となり、合成量を調節している可能性を否定できない。したがって、今後はタウリン合成に関与する4種の酵素について、それぞれを精製してその活性を明らかにすることが必要であると考えられる。分子系統解析については、COI領域のみでは系統関係を明確にできなかった。これは種分化してからの時間が短く、遺伝的差異が小さいことが原因であると考えられる。そこで、今後は解析に用いる遺伝子領域をミトコンドリアDNAだけでなく核DNAについても検討していきたい。
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Causes of Carryover |
研究航海の機会はあったものの、海況が悪かったことにより、硫化物曝露に用いる深海性多毛類を十分に採集することができなかった。そのため、次世代シーケンサによるRNA-Seqにより、少ない試料で網羅的な遺伝子解析を行なうこととした。個体数の不足により、当初予定していたアミノ酸分析等が実施できなかったため、それらに係る物品費、消耗品費の一部に未使用額が生じた。一方、RNA-Seqを業務委託により実施したため、当初予定では計上していなかったその他の支出が発生した。実施予定が変更になったことにより、次世代シーケンスのデータ解析からクローニングおよびリアルタイムPCRに至るまでの時間を要したため、対照として用いる浅海性多毛類の種の選定および採集を実施できなかった。したがって、当初計上していた浅海性多毛類採集のための旅費に未使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
当初の予定通りになるよう、深海性多毛類の種間比較を行なうため、サツマハオリムシを用いた研究を行なう。前年度計画が遅れたことにより採集することができなかった、サツマハオリムシ採集のための旅費として使用する。またゲノム情報が乏しい種であるため、次世代シーケンサによるRNA-Seqを外部委託で行なうため分析費として使用する。さらに、RNA-Seqの解析データおよび前年度のデータから、硫化物存在下で発現している遺伝子を単離し、発現定量を行なうためクローニングおよびリアルタイムPCRを実施する。これらの実験に係る試薬やプローブ、チップやチューブなどの消耗品を購入するために物品費として使用する。また、これまで得られた成果を発表するため、日本水産学会等の学会発表に係る旅費、学術雑誌への論文投稿のための英文校閲代を人件費・謝金として使用する予定である。
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Research Products
(2 results)