2015 Fiscal Year Research-status Report
ウイルスゲノムの解析による猫伝染性腹膜炎の遺伝子診断法の確立
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15K18795
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
小熊 圭祐 日本大学, 生物資源科学部, 講師 (50436804)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 猫コロナウイルス / スパイク遺伝子 / 3c遺伝子 / 7遺伝子 / 猫伝染性腹膜炎ウイルス / 病原性転換 |
Outline of Annual Research Achievements |
猫コロナウイルスには猫に軽度の下痢を起こす病原性の弱い猫腸コロナウイルスと、血管炎に基づく致死的な全身性疾患である猫伝染性腹膜炎(FIP)を起こすFIPウイルスが存在する。過去の研究から病原性が高いFIPウイルスの発生機序の仮説として、猫腸コロナウイルスの猫体内におけるゲノム変異による病原性転換が提唱されている。本申請研究では動物病院および動物保護施設から得た猫の検体を使用し、猫腸コロナウイルスとFIPウイルスのゲノム塩基配列を比較することにより、病原性の転換にかかわるウイルスゲノム領域を発見することを目的の一つとしている。平成27年度は全国の動物病院の協力により、FIP症例の胸水や腹水などの臨床検体を収取した。また、動物保護施設の許可を得て臨床上健常あるいは下痢を示す猫の糞便を採取した。実際の解析では、病原性転換にかかわることが示唆されているウイルスのスパイク遺伝子、3c遺伝子、7遺伝子の塩基配列の決定を行った。3c遺伝子に着目した実験結果では、FIP症例の胸水および腹水の計12検体中のウイルスの3c遺伝子には、いずれも3c蛋白の短縮につながるフレームシフト変異が認められた。一方、健常猫の糞便および下痢便計5例のウイルスにはこのような変異は認められなかった。現在も胸水・腹水および糞便検体を収集中であり、症例数を増やして解析する。また、猫コロナウイルスは血清型Ⅰ型およびⅡ型の2種類に分けられ、どちらの血清型にも猫腸コロナウイルスおよびFIPウイルスが存在するが、約90%の感染はⅠ型のウイルスによるものであり、Ⅱ型ウイルスの感染は稀である。そのため、ほとんどのウイルスゲノムの解析研究はⅠ型のものに偏っており、Ⅱ型の研究は少ない。本申請研究では2例のⅡ型ウイルスを得ることができたため、今後はⅡ型に着目したウイルスゲノム研究も次世代シーケンサーを使用して進める予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
FIPを疑う猫の臨床検体は全国の動物病院から得ている。平成28年度も継続して検体提供を得る予定であり、FIPウイルスを得ることができると考えている。また、健常猫の糞便収集も動物保護施設に収容されている猫から得る予定であり、検体数を着実に増加させることができる。解析内容も、「研究実績の概要」で述べた3c遺伝子のみでなく、スパイク遺伝子や7遺伝子の解析も進めている。特にスパイク遺伝子については、過去に海外の研究グループから報告されている特定部位のアミノ酸の置換につながる遺伝子変異を、本申請研究におけるFIP検体の実験でも確認できており、日本のFIP症例においてもスパイク遺伝子の解析によってFIPを遺伝学的な手法により診断することができる可能性があると考えられる。一部の民間検査機関においてはすでにスパイク遺伝子の解析に基づくFIPの診断サービス提供が始まっているが、遺伝子変異と病原性の変化の学術的関連は不明なままである。基礎研究によってその関係の基盤知見が得られれば、FIPの診断だけでなく病態の解明にも有益である。ところで、コロナウイルスの全RNAゲノムは約30万塩基であり、その解析には次世代シーケンサーが有用である。本申請研究でも次世代シーケンサーを利用した解析を行う予定であり、平成28年度からは次世代シーケンサーによる解析を行う予定である。申請者が所属する日本大学生物資源科学部には昨年度に次世代シーケンサーが導入された。そのため、外注するよりも低コストでウイルスゲノムの解析を進めることができると予想している。当面は外注と学内の機器を併用し、次世代シーケンサーによる解析系を確立する予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
現在進めているウイルスの3c遺伝子やスパイク遺伝子の解析についての論文を平成28年度中にまとめ、学術雑誌に投稿する予定である。猫コロナウイルスの遺伝子についての学術論文は海外の研究グループによる報告が多く、日本国内の研究グループのものは少ない。そのため、日本の猫コロナウイルスのゲノムに関する解析は国内の研究者や臨床獣医師にとっても参考になると考えている。また、臨床検体は本研究終了予定の平成29年度まで継続的に収集する。Ⅰ型の猫コロナウイルスは培養細胞での分離が困難であるが、本申請研究では分離に使用する細胞株の樹立も試みる。すでに猫のがん細胞の細胞株を少なくとも1株作製することに成功しており、そのウイルス感受性も調べて論文にする予定である。もしⅠ型ウイルスを効率よく分離できる細胞株を樹立できれば、猫コロナウイルスの細胞への感染機序を解明するうえで重要な知見を得ることができ、引用回数の多い学術雑誌への掲載も期待できる。研究の少ないⅡ型ウイルスについては、糞便と胸水をセットで得られた症例があるため、糞便中ウイルスと胸水中ウイルスそれぞれの全ゲノムを次世代シーケンサーで解析し、Ⅱ型ウイルスの病原性転換にかかわるウイルス遺伝子の解析を進めて、その結果も論文にする予定である。ウイルスの3c遺伝子はFIPウイルスで高率に変異していることが他の研究グループから報告され、本申請研究においても同様の結果が示されているが、その産物である3c蛋白は機能が不明である。本申請研究の一部として3c蛋白発現ベクターを作製して細胞に導入する実験も進めているが、半減期が早いことを示唆するデータが得られている。フレームシフトによる3c蛋白の短縮がウイルスの複製や病原性にどのように関与するかを、培養細胞を使用して明らかにする実験も進めている。
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