2018 Fiscal Year Research-status Report
中国農村のお喋りとその伝播から記憶を再考する(国際共同研究強化)
Project/Area Number |
15KK0038
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
石井 弓 東京大学, 大学院情報学環・学際情報学府, 特別研究員 (50466819)
|
Project Period (FY) |
2016 – 2019
|
Keywords | 歴史と記憶 / 中国農村 / オーラルヒストリー / 文学と思想の東西交流 / 趙氏孤児 / 雨乞い / ヨーロッパ近代啓蒙 / グローバルヒストリー |
Outline of Annual Research Achievements |
イギリスOxford大学にて、中国近現代史の研究者と共同研究の方向性や方法について話し合うとともに、研究会及びシンポジウムに参加し、口頭発表や論文執筆を行った。共同研究の内容は、中国でのオーラルヒストリー研究を基礎としつつ、中国農村で生まれた物語『趙氏孤児』が啓蒙期(18世紀)のヨーロッパで如何に受容されたかの議論に集約していった。この物語は、ヨーロッパのみならず世界中で需要され、現在に至ってもなお、オペラとして上演(2014年、シェイクスピア劇団ロンドン公演)されていた。また資料収集により、1755年のヴォルテール(Voltaire)による翻案「Orphan of China」は、1735年のフランス人宣教師プレマール(Premare)によるフランス語訳をもとにしていること、それが1756年に英訳されて広まり、1759年にはイギリスのドラマ作家アーサー・マーフィー(Arthur Murphy)の翻案によりロンドンで上演され、後に世界中に広まったことが明らかになった。ヴォルテールの翻案が1809年の上演を最後とする一方、マーフィーの翻案はロンドンで1759-1769まで毎年上演され、1761年にダブリン、1767年にフィラデルフィア、1767-1842年にニューヨーク、そしてジャマイカなど英領植民地で上演された後、1964年には英領香港を通して中国大陸に舞い戻り、2010年の陳凱歌監督『趙氏孤児』にも影響を与えていたのだった。繰り返される翻案と上演は、ヨーロッパ啓蒙期の中国認識(と表裏の自己認識)を土台として、18世紀から現代にいたる世界の近代化の中で展開されたのであり、物語の伝播から、歴史、社会、近代、国民国家、そしてヨーロッパとアジアのアイデンティティといった幅広い問題を論じる、大きなプロジェクトへの発展が見通された。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初計画していた研究会やシンポジウムへの参加及び口頭発表は予定した通り行うことができた。また、そうした活動の過程で、ヨーロッパの中国研究者のみならず、幅広い専門分野の研究者との研究交流を行い、特に啓蒙期ヨーロッパの思想史研究者との交流に広がったことは、本研究課題及び研究活動の大きな発展であったと言える。しかし一方で、中国農村でのオーラルヒストリーの共同調査を実施することはできなかった。その理由は、オーラルヒストリーは聞き手と語り手の信頼関係によって成り立つものであるため、調査者の研究交流のために共同で調査に入ることは、信頼関係を損なうと判断されたためである。このため、現在までの進捗は全体としておおむね順調に進展したと言える。
|
Strategy for Future Research Activity |
1年間の共同研究の中で、イギリスでの研究活動は、ヨーロッパの中国研究者との研究交流にとどまらず、ヨーロッパ思想史研究との関連において議論する必要性が見出された。オックスフォード大学ヴォルテール・ファンデーション(Voltaire Foundation)で毎週開催されるEnlightenment Workshopは、歴史学、文学、政治学を結びつけて、ヨーロッパ近代の基礎となった啓蒙期を論じるワークショップである。今年度はこれに参加しヨーロッパの自己認識にとってのこの時期の重要性と中国からの影響の大きさを確認した。また思想史を専門とする研究者との研究交流の中で、本研究の意義が認められ、次年度はOxford大学Oriental Studies とVoltaire Foundationの双方に所属する形で招聘され、同大学で研究を続けることとなった。 18世紀に『趙氏孤児』を翻案した二人の作家、ヴォルテールとアーサー・マーフィーの間では公開書簡による議論があり、両者の物語に対する捉え方の違いを理解する重要文献として今年度の研究期間中に収集したが、次年度はこれを用いて当時のヨーロッパにおける物語の需要のされ方や、翻案の過程について研究を進める。その成果を、中国でのオーラルヒストリー研究の内容も含めてEnlightenment Workshopにて発表し、思想史の研究者との研究交流を実施する。またそこで得た意見をもとに論文を執筆し、Voltaire Foundationのウェブサイトにて出版するとともに、論文雑誌Oxford University Studies in the Enlightenmentに投稿する。
|