2016 Fiscal Year Research-status Report
危機と音楽:インドネシア・バリ島、スハルト政権崩壊後の〈聖なる音楽〉の複製(国際共同研究強化)
Project/Area Number |
15KK0048
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
野澤 暁子 (篠田暁子) 名古屋大学, 文学研究科, 研究員 (20340599)
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Project Period (FY) |
2016 – 2017
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Keywords | 図像テクスト / 音楽描写 / 歴史 / 植民地近代 |
Outline of Annual Research Achievements |
本共同研究では、基盤研究Cでテーマとするバリ島の神聖な鉄琴「スロンディン」への視野を広げるため、インドネシアおよび米国の音楽学研究者とともにこの音楽のルーツと考えられる中世東ジャワの音楽文化について再検討を行うものである。今年度はその準備期間として、来年度の前半に共同研究をおこなうインドネシア研究者との間でのテーマ設定や先行研究の批判的検討などに関する意見交換が中心的な活動となった。 なかでも一つの大きな課題として見出したのは、植民時代の欧米人音楽学者の影響からながらく内面化された音楽史観である。その代表的な例は、インドネシア音楽研究の第一人者ヤープ・クンストによる遺跡の浮彫図像に残る音楽描写を一次資料とした音楽史の構築である。しかしインドネシアの共同研究者である音楽学者および協力者の考古学者と検討を重ねた結果、こうした垂直的な歴史観の構築そのものが近代特有の思考としてむしろ乗り越えるべきものであると判断するに至った。それはテクストをめぐる哲学的な問いでもある。そして一つの試みとして、浮彫図像のなかに「何が描かれているか」というクンストが執心した問題を離れ、遺跡の空間構造のなかで当時の民衆がこれらのテクストを「どのように読んだか」という一つの身体論的・経験主義的な解釈から過去の文化的リアリティを切り取る方向性で一致した。さらに今年度の後半は、来年度の後半の共同研究先となる米国ミシガン大学東南アジア研究所と事務手続きを進め、今後に向けた準備を円滑に整えることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は発想の面において大きな成果を得ることができたと考えている。たとえばインドネシアの心性として読み取るヒンドゥー神話の浮彫図像と、欧米人学者が実証主義的観点から解釈するそれとの間の大きな隔たりが、ポストコロニアルそのものの問題として立ち向かうべき研究課題であることをあらためて確認した。そこでインドネシアでの今後の共同研究のコンセプトを広義における「テクストの身体論」として設定したが、これは近年人文学全般で注目を集めている「心」をめぐる哲学的な問いにも通じているのではないかと考えるに至った。その具体的な一例が、長年の放置によって荒廃し、乾いた「モノ」と化した遺跡のなかでヤープ・クンストが資料的価値として見た浮彫図像と、中世王国時代の生きた場において、民衆が儀礼の熱気のなかで一つの身体的能動性とともに経験した浮彫図像とを比べた場合の、テクストをめぐる存在論的な問題である。さらにインドネシア考古学者からの豊富なアドバイスとともに、クンストを代表とする植民地学者が見落としていた様々な側面をあらためて確認し、今後の研究展開の着想源を得ることができた。 さらに今年度の成果の一つは、以上に述べた先行研究をめぐる批判的検討をテーマとした研究発表を2017年7月にアイルランドで実施される国際伝統音楽評議会(International Council for Traditional Music)の第44回世界大会に応募し、採択にいたったことである。 加えて今年度後半は米国での準備活動も行い、ミシガン大学東南アジア研究所での受け入れのための手続きを完了することができた。またSociety for EthnomusicologyやAssociation for Asian Studiesの研究大会にも参加し、米国を中心とする海外の研究者と交流を深め、将来的なネットワークの形成にも力を入れた。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は先行研究の批判的検討と今後の共同研究のコンセプト構築、そして実施のための手続きを主として行った。これら全ての準備作業をふまえた上で、平成29年度は本格的な成果を築き上げる段階と考えている。 まず音楽人類学の目標として設定しているのは、一つには浮彫図像の音楽描写をめぐる解釈学的認識の提示である。ヤープ・クンストの単線的かつ科学主義的な歴史観を近代の所産とするならば、その批判の根拠として現代の人文学研究としてふさわしい図像テクストの解釈的枠組を言語的に具体化する必要がある。そして二つ目の目標としては、現地における伝統音楽をめぐる歴史観についての観察である。この問題については、特に現地研究者/教育者の言説と民衆の感性的な認識との差異に留意することで、「伝統音楽」の多元性に光を当てるとともに、その撚糸のひとつである植民地近代の言説の位置づけを再確認したいと考える。 一方で本共同研究の重要な課題として掲げているものに、ジャワ遺跡の浮彫図像における音楽描写のデジタル・アーカイブ化である。ただし、この点について準備調査の段階で明らかとなったのは、図像の文脈性、つまり遺跡の全体的な構造のなかでの位置関係が非常に重要であるという事実である。これを考慮に含めると、単純な量的収集ではなく、「テクストの再テクスト化」をめぐる一つの方法論を見出すのも大きな研究成果となるように認識している。たとえば浮彫図像の映像記録に、空間構造上の動線を取り入れた、一種の身体性を取り入れるというのも有意義な試みであると考える。この方法論についても、共同研究者と議論を重ねた上で具体化する方針である。
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