2016 Fiscal Year Research-status Report
国際紛争の処理における住民移動と財産の所有権移転:20世紀ヨーロッパの事例から(国際共同研究強化)
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15KK0056
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
川喜田 敦子 中央大学, 文学部, 教授 (80396837)
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Project Period (FY) |
2016 – 2018
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Keywords | 戦後処理 / 戦争賠償 / 住民移動 / 第二次世界大戦 / 冷戦 / ヨーロッパ / ドイツ |
Outline of Annual Research Achievements |
近代国家が特定の社会集団を追放する動機は、言説上は国民国家形成に求められることが多いが、そこには経済的な関心も存在する。20世紀ヨーロッパの強制移住に際しては、地方行政や国家が関与する組織的略奪が見られた。なかでも、移住者の財産の所有権移転を複数国の合意の下に大規模に行ったのが第二次大戦の戦争賠償へのドイツ在外財産の組み入れだった。大戦後の東欧各地からのドイツ系住民の強制移住とドイツ在外財産の接収には、賠償財源の安定的確保とならび、ドイツの対外的な経済的影響力を減殺する意図があった。国民国家の創出による地域の安定と、ドイツの抑え込みを意図したこの措置は、ヨーロッパの戦後秩序の基盤となった。 本研究では、この住民移動と財産移転を戦後処理から冷戦秩序の確立にいたる地域秩序再編の文脈に位置づけ直し、20世紀ヨーロッパにおける国家的暴力と被害者救済を国民国家形成および国際秩序形成との関連において分析する。そのために本研究は、第二次世界大戦後の戦勝国の対独政策が、生産物賠償、デモンタージュ(設備賠償)、在外財産接収を軸とする戦争賠償から、冷戦の条件に規定された新たな枠組みに転換していく様相を分析する。具体的には、A 西側の戦後処理、B 東側の戦後処理、C 東西ドイツにおける価値変容の三領域を重点的な検討の対象とする。 平成28年度は、本研究課題の今日的意味を確認するために、第二次世界大戦後の被追放民の流入が、今日のヨーロッパの難民問題とからめて、現在のドイツでどのように議論されているかについて、とくに歴史教科書における記述と歴史家による言及を例に検討する論文を執筆した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、平成29年度にマルティン・ルター・ハレ・ヴィッテンベルク大学(ドイツ)にて1年間の研究滞在を予定している。その準備として、平成29年1月、ドイツ渡航後に政治学の領域で助言を得ることになっているD・デネフ教授(ギーセン大学)と渡航後の研究計画について議論し、助言を得たほか、デネフ教授を迎えて講演会“Gefluechtete in Deutschland - Willkommenskultur und Gewalt”(ドイツの難民問題―難民に対する歓迎と暴力)を開催した。また、ドイツ渡航後の受入先であるM・ヘットリング教授(ハレ大学)からは資料の送付を受け、難民問題の今日的文脈についてメール等で意見交換した。両教授との意見交換に基づいて、今年度は、本研究課題の今日的意味を確認する作業を行い、その成果を『歴史評論』に論文「ドイツにおける難民の流入と統合―その歴史と現在」として発表した。 また、これまでの研究では20世紀ヨーロッパの事例を検討してきたが、なかでも最大の事例である第二次世界大戦後の大規模な住民移動およびそれに伴う民族秩序の再編は、ヨーロッパのみならず東アジアでも同時に進行した。この二つの事例は、ソ連勢力圏をはさんでユーラシア大陸の両端における冷戦の最前線で生じた地域秩序の再編としてとらえたときに、その世界史的な意味とスケールが明らかになる。今年度は、この全体像を念頭に、第二次世界大戦後の住民移動の構想段階における日欧の事例の関係性についても調査を始めた。 全体として、研究はおおむね順調に進展している。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度には、マルティン・ルター・ハレ・ヴィッテンベルク大学(ドイツ)にて、1年間の研究滞在を行う。 その間、本研究の重点領域A~Cについて、以下のとおりに研究を進める。 A 西側の戦後処理:西側では1950年代初頭に、設備賠償に代えて基幹物資の共同管理が導入され、賠償に対する対外債務返済の優先が合意され、占領経費はNATO軍駐留費に転換され、被害者救済の枠組も二国間協定による補償へと転換した。戦後処理のこの抜本的転換にいたる交渉過程に着目し、この枠組転換と西ドイツの主権回復・西側統合・西欧統合との関わり、および西ドイツ・西側連合国各国・複数の被害者集団の間の相互の利害対立や競合を検証する。 B 東側の戦後処理:東側では、設備賠償として接収された企業が順次返還され、53年夏に戦争賠償も放棄された。これと同時に開始された第三世界の社会主義諸国に対する東ドイツの支援は、東側の賠償停止が西側同様、地域秩序形成と連動した賠償枠組の転換であったことをうかがわせる。研究の少ない東側の戦後処理を以上の仮説をもとに検証する。 C東西ドイツにおける価値変容:第一次世界大戦後には、ヴェルサイユ体制と国内の議会制民主主義をまとめて否定する言説が国内外の秩序をともに不安定化させた。国際秩序の安定には構成国の国内秩序の安定が不可欠である。領土変更や戦後処理(占領経費、設備賠償、在外財産、被害者補償)と、戦後の新体制をめぐる東西ドイツ国内の言説の連動を分析する。 領域A、Bの研究を進めるために、ドイツ連邦文書館、ドイツ外務省政治文書館等にて史料収集を行う。領域Cについては、滞在先のハレ大学第一文学部歴史学科との共同研究として概念史のプロジェクトに参加し、戦後の新体制を支えた価値観についての研究を進める。そのうえで、これらの研究成果を報告する講演をハレ大学にて行い、研究成果を書籍にまとめる準備を行う。
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