2016 Fiscal Year Research-status Report
Embodied Human Science: Ideas and Development(Fostering Joint International Research)
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15KK0057
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Research Institution | Tokai University |
Principal Investigator |
田中 彰吾 東海大学, 現代教養センター, 教授 (40408018)
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Project Period (FY) |
2016 – 2017
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Keywords | 身体性 / 人間科学 / 現象学 / 身体化された自己 / 離人症 / フルボディ錯覚 / 身体化された間主観性 / あいだ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、課題名を「Embodied Human Scienceの構想と展開」と称する。Embodied Human Science(身体性人間科学)は、代表者が独自に構想する学問領域である。自己、および自己-他者関係を、身体性の観点を中心にして理論化することに主眼がある。前者については「身体化された自己(embodied self)」、後者については「身体化された間主観性(embodied intersubjectivity)」が重要なキーワードである。理論化のための出発点となる哲学は、E・フッサールおよびM・メルロ=ポンティの現象学的身体論である。 今回の国際共同研究は、「身体化された自己」について、精神疾患の症状を手がかりとして現象学的に記述することに目的がある(派遣先のハイデルベルク大学は現象学的精神病理学の世界的な研究拠点である)。申請時の予定では身体醜形障害を研究対象とする予定だったが、後に慎重に検討を重ね、離人感・現実感消失障害(とくに離人症)を対象とすることに変更した。主な理由は、離人症では自己と身体の分離感が生じるが、この点の病態を解明することで、常態における自己と身体の結合の構造まで明らかにできると考えたためである。 派遣先での研究は2016年8月下旬から開始した。現地のセミナーや研究会での議論から示唆を得て、離人症を理解するヒントとして、実験によって引き起こされる体外離脱の錯覚(フルボディ・イリュージョン)との現象学的な比較検討を行うことにした。そこで解明できた主な成果は、両者とも、身体の所有感(身体が自分のものであるという感じ)が低下することによって自己と身体の分離感が生じるということである。他方、分離した自己が特定の位置を身体の外部に持つか否かが両者の差異であることも明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
前項で述べた通り、本計画は申請時の予定とは異なる研究対象を題材にすることになったものの、もともとの理論的枠組み(現象学にもとづく身体性人間科学)には変更がなかったため、現在まで比較的順調に研究を進めることができている。具体的な成果については、以下の二点を挙げることができる。 (1)本計画の中心課題ではないが、「身体性人間科学」にとって自己と並ぶもう一本の柱である自己-他者関係についての研究成果を盛り込んだ論文が国際誌Theory & Psychologyに先日掲載された。「Intercorporeality and Aida(間身体性とあいだ)」と題し、社会的認知および他者理解の問題について、身体性を基礎とする理論を展開している。その成果によると、他者理解とは、相手の内面についての推論やシミュレーションである以前に、身体を介した相手への共鳴であり、身体的相互行為を通じた間主観的な「あいだ」の創造である。逆に、心の理論をはじめとする従来の社会的認知の理論は、身体的な「あいだ」から基礎づけられねばならない。 (2)本計画の中心課題としては、すでに述べた通り、離人症における自己と身体の分離感の根底に身体所有感の極端な低下があることを明らかにした。やや補足すると、従来の研究では、所有感だけでなく主体感(自分がある行為を引き起こしているという感じ)も低下もしくは消失するとされてきたが、当事者の語りを慎重に検討すると主体感は必ずしも消失していない。このことを明らかにした点も本研究の成果である。実際に生じているのは、主体としてある行為を引き起こせるが、感覚フィードバックが生じないため自分で行為しているように感じられない、という経験である。以上の研究成果を、2017年3月末までに論文化して投稿した。 以上の理由により、「おおむね順調に進展している」を選択した。
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Strategy for Future Research Activity |
この助成にもとづく派遣期間は2016年8月下旬から1年間である。本報告書を作成している現時点ですでに2017年4月末であり、派遣期間全体の3/4以上を終えている。また、当初の達成目標であった国際誌での論文の刊行も、すでに投稿の段階まで終えており、後は査読結果を待って対応するだけの段階にある。したがって、具体的な研究課題に直結する事項について推進すべきことは多く残されていない。 残りの時間はむしろ、本助成の趣旨である「国際共同研究強化」という観点に立って時間を有効に使いたい。派遣期間中(またその以前から)、ドイツだけでなく、デンマーク、チェコ、イタリア、アメリカ、イスラエル等の研究者とは各種の交流があり、国際会議やワークショップを通じて連携する場面を多く持ってきている。また、そうした連携の中から英書へ論文を寄稿する機会も増えつつある。そこで、本研究の目標とする「Embodied Human Science」について、現在以上に踏み込んだやりとりを個別の研究者と重ね、論文集を将来刊行できるような共同研究の枠組みを模索する。 また、その一方で、現象学と人間科学(もしくは認知科学・精神医学などの心の科学)をめぐる海外の言説を日本に紹介することも重要であると考えている。重要文献の邦訳、海外研究者の招へいなど、関連分野の研究を日本でさらに推進するための準備作業も、残された時間で進める。具体的には、International Human Science Research Conference(国際人間科学研究会議)を日本で開催できる可能性があるので、その事務的な準備を進める。
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Research Products
(16 results)