2005 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
16720104
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Research Institution | University of Yamanashi |
Principal Investigator |
長谷川 千秋 山梨大学, 留学生センター, 助教授 (40362074)
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Keywords | マ行とバ行音の交替 / 仮名遣(かなづかい) / 世阿弥 / 片仮名表記 / 文字 / 藤原定家 / 嫌文字事 / 下官集 |
Research Abstract |
1、マ行音・バ行音の交替について マ・バ行音の交替現象に関わる仮名遣の規定として、仮名遣書『後普光園院御抄』に「かなには、たのしひと書て、読には、たのしみと読。かなしひも同様」がある。同様の規定は、以後の仮名遣書に掲出語を増やしながら引き継がれていく。この規定を音韻史の中で捉えるために、表音的とみられている世阿弥自筆能本をとりあげた。はじめに、世阿弥自筆能本のアハワ行の用字法について調査し、自筆能本の仮名表記が表音的であることの検証を行った。調査の結果、不注意による用字も僅かにあるものの、きわめて表音的な表記態度に徹していることを明らかにした。表音的でない「候へ」「給へ」の表記は、二字を連綿で表記するために、音と仮名との結びつきが分析的でなくなり表音性が二次的になることも明らかにした。仮名遣の埒外にあるとされる片仮名文献とはいえ、表音に徹する用字法は特異である。なお、世阿弥と同時期の久次筆「知章」、世阿弥自筆本の忠実な転写本とされる「弱法師」ではアハワ行の用字法がより厳密に記されている。自筆能本におけるマ・バ行音の表記は、このような表記態度からみて謡われるままに書かれたと考えられる。これをふまえ、世阿弥自筆能本のマ・バ行の表記を、世阿弥以前の資料として『観智院本類聚名義抄』、世阿弥とほぼ同時代の資料として『五音三曲集』(禅竹)等と比較すると、世阿弥自筆能本は、バ行音からマ行音へと変化した新しい語形を表記する傾向にあることを明らかにした。 2、「嫌文字事」について 「文字」ということばは、『八雲御抄』や『袖中抄』などの歌学書で、文字に書かれた和歌を批評する際に「語」や「音」を意味することがある。12C〜13Cの和歌の世界で「文字」がこのような意味で使われていたことを考えた時、藤原定家が『下官集』「嫌文字事」に示されるような仮名遣を定めるきっかけは、歌の中でどのようにことばを遣うのかという歌学的な関心の延長にある、歌の中でどのようにことばを書くかという興味によるものであることを述べた(投稿中)。
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