2018 Fiscal Year Annual Research Report
「ユダヤ文献」の構成の領域横断的研究――伝統文献概念の批判的再構築に向けて
Project/Area Number |
16H01923
|
Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
勝又 直也 京都大学, 人間・環境学研究科, 准教授 (10378820)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
市川 裕 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (20223084)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | ユダヤ学 / ユダヤ文学 / 文献学 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究第三年度にあたる本年は、合評会形式をとった1回の研究会を開催したのち、クラクフ(ポーランド)で開催された国際学会に数名の研究者を派遣した。そこで新たに知ることになった欧州の研究状況の進展を受け、以降、より高い水準で目標を達成するための方針の再検討をグループ内で集中的に行った。本年度に開催を予定していた国際会議は、これに即して当初予定の概観的なものではなく、より専門性の高い研究者と国内研究者による連続講演として次年度に企画することとなった。この間、国内外の学会・ワークショップ等において研究参加者は各自に本研究の視点に基づく発表を行い、一定の評価を得ている。 2018年7月に開催された上記の国際学会において、「ユダヤ文献」概念の刷新という本研究の趣旨と同様のプログラムが、デジタル人文学(DH)の枠組みのなかで、欧州において組織的実践の途についていることが明らかにされた。デジタル技術を駆使し、脱境界的に人文学文献のネットワークを構築するという構想は、単にユダヤ学のみならず、人文学一般の文献的基礎を問い直そうとしている。ここで示された道筋は、ユダヤ文献が含みこむ多様性を重視する本研究の志向にも一部で一致するが、本研究においては、多様な知のネットワークから生まれた文献が、「ユダヤ的なもの」として伝承されてきた経緯をもまた重視したい。 本年度の研究実績を総括するのであれば、1)研究成果の中間的発信と、2)国際的な研究の進展に即した目標の再設定にあったと言える。固定的な枠組みとしての「ユダヤ文献」は解体の途にある。我々が「ユダヤ文献」と呼ぶものの多くは、他の宗教や民族文化との総合からなる。それにもかかわらず、それらがユダヤ人の宗教的・民族的「伝統」として読み継がれてきた背景には何があるのか。本年度は本研究の問いをより洗練・先鋭化させる機会となった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究第二年度に開催を予定していた国際会議が、第三年度に至っても実現に至らなかったという事実に鑑みるなら、研究の一定の停滞を認めざるをえない。膨大な手稿文献を保有する欧州で進行するDHの急速な進展、それに伴う研究上の諸前提の変化に十分に注意を払っていたとも言えず、研究計画は比較的深いレベルから修正されねばならなかった。 一方で、欧州におけるDHを用いた研究の進捗は本研究の志向と原則的には合致しており、問題提起から提言へと、当初目指していたよりもより高い到達目標を設定できるようになったことは、研究全体としては喜ばしいことであったと言える。思わぬ形ではあったが、我々の問題提起の妥当性は立証されたことになる。 とはいえ、ユダヤ教の「伝統文献」、さらには人文諸学の基礎文献をとりまくこの変化の落ち着く先は欧州においてもいまだ見通せておらず、我々が「ユダヤ文献」とは何かを問い直すための余地も必要性も十分にある。DHは文献の理解に多様な観点を提供し、人文諸学の連携を様々な側面で助けるものであるが、同時に学問的な焦点が分散していくリスクを多分に孕んでいる。 諸種の宗教・民族文化が入り乱れる環境を前提に、どのような要因により、どのような水準において「ユダヤ」が立ち現れてくるのか、という問いは、研究当初から変わらず存している。本研究の目標は、より高い水準で到達されなければならない。
|
Strategy for Future Research Activity |
欧州の研究機関によるDHを用いた「ユダヤ文献」の再構成の取り組みは、斉一的な「伝統文献」の伝承という想定への批判という我々の問題意識が、国際的な研究の場で、図らずながらも一定程度共有されていたことを示している。事実としてユダヤ人は「伝統文献」だけを読み続けてきたわけでもなく、また書き継がれた文献はユダヤ社会にのみ伝承された訳でもない。個々の文献の源泉と伝承の多様性は、今後ますます明らかにされていくだろう。 一方で、「ユダヤ文献」の構成の多様性を単に技術的に適示することは、従来の研究が築いてきた文献ジャンルを無差別に横断することにつながるだろう。しかし神秘主義文献と律法主義文献、宗教・哲学資料と社会史資料といった文献ジャンルは、ユダヤ社会に存した様々な潮流の緊張関係を敏感に察知しながら成立したものであることに留意しなければならない。いたずらに諸文献ジャンルを越境し、視野を多角化することで焦点を見失うリスクに対し、既存のユダヤ学が想定してきた文献の諸構成が孕む緊張を十分に意識しつつ、我々はデジタル技術を活用せねばならない。 これを踏まえ、研究最終年度に当たる本年度は、1)グループの情報共有の機会としての研究会を積極的に開催する一方、2)海外から研究者を招き、共同研究を通じて国際的な研究状況を踏まえた提言を用意していきたい。また、3)国内の研究環境に対する提言として、2)の招聘に合わせる形で主題を共有する連続講演を開催しつつ、4)国内におけるユダヤ研究の文献的基盤についての問題提起の機会として、学会発表、シンポジウムの開催等を活用していくことが求められる。 また、研究環境の変化を踏まえた目標の再設定のために、昨年度中に達成できなかった冊子形態の論集の編集・刊行、最終的な研究成果を発信する論集の公刊に向けた準備を急ぐ予定である。
|
Research Products
(61 results)