2017 Fiscal Year Annual Research Report
水俣病事件の記憶術と(脱)アーカイヴ構築ー未来の人文社会科学的総合研究に向けて
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16H01970
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Research Institution | Kumamoto University |
Principal Investigator |
慶田 勝彦 熊本大学, 大学院人文社会科学研究部(文), 教授 (10195620)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 水俣病 / アーカイヴ / 水俣病研究会 / 文化人類学 / 岡本達明 / 土本典昭 / 富樫貞夫 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は「水俣病研究会」、「アーカイヴ構築」、「学術資料調査研究」の三つのグループでの研究成果を目標に掲げていたが、各グループの主要メンバーの重複に加えて、質の高い研究成果を形にすることを重視したため、研究代表者と個々のメンバーとの間で以下のような作業を行い、その結果、次の成果をあげた。 第一に、富樫貞夫(水俣病研究会)の図書『<水俣病>事件の61年<<未解明の現実を見すえて>>』(弦書房、2017年11月)を刊行した(作業:富樫、有馬、慶田、松浦)。本書は刊行後主要な新聞で取り上げられ、学術的ならびに社会的意義が高い研究として評価された。 第二に、岡本達明(チッソ第一組合)の資料(第一回分:カセット約1000点とその書き起こし資料)を正式に熊本大学文書館(研究代表者は併任教員)に受け入れ、その電子化に着手し、文字資料に関しては電子化をほぼ終了したこと、ならびに有馬澄雄(水俣病研究会)の資料(土本典昭映画音声資料と文字資料の電子化)の整理をほぼ終了したことである。いずれの資料もオリジナル性が極めて高い資料価値を有していると同時に、研究用の資料としても貴重であるため、アーカイヴ構築作業としては十分な成果といえる(作業:有馬、慶田、伊藤、香室、下田)。また、水俣市の水俣病資料館との資料収集、整理、公開に関する作業体制を整え、定期的に情報交換しているのも本研究が地域的な連携を促進していることの証左のひとつである(作業:慶田、牧野、向井、香室)。 最後に、2017年度には熊本市で開催された水俣フォーラム主催の「水俣病展2017」はじめとして、各種イベントへの参画を通じて社会貢献を果たすと同時に、研究ネットワークの幅を広げることができた。上記の活動を主にしたため、国際的な研究への展開ならびにセミナー等イベント開催の停滞を余儀なくされたが、全体としては十分な成果をあげることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題における目標は高めに設定しており、この設定をこえる成果をあげるのは厳しいが、研究全体としては当初の計画(状況に応じて、研究成果を具体的な形にするための作業を重点化する方針含む)通りに、そして、ある領域においては当初の予想以上に進展している。 第一に、本研究には最終年度に限らず各年度に本科研メンバーによる図書刊行(1、2冊)を目標としていたが、本年度(秋)には富樫の図書を刊行したし、次年度(春)には高峰の図書を刊行する目処が立っている(継続的に弦書房から出版する体制も整えた)。高めの目標設定にもかかわらず、計画通りに図書刊行を実施した点は高く評価できる。 第二に、<水俣病>研究資料のアーカイヴ構築に関しては、資料収集・整理(岡本達明、有馬澄雄の資料が中心)に関して、熊本大学(図書館・文書館・人社系研究部)の協力を当初の予定よりも早く得ることができたため、予想以上に展開している。本科研費に基づく<水俣病>研究資料のアーカイヴ化がひとつのモデルになりつつあり、熊本地域の近現代の事件史や社会史資料のアーカイヴ化構想へと発展しつつあるのは予想をこえた展開であった。 第三に、本研究課題は大学内だけではなく上述した図書出版やその出版を可能にしたそれまでの研究会(セミナー)活動が評価されるようになり、<水俣病>研究に関して地域的、社会的な信頼を得られつつある点も当初の計画以上の反応であった。水俣市水俣病資料館からの委託研究(熊本県との関係も強化されている)を継続中であることや岡本達明をはじめとする貴重な研究資料寄贈の申し出、各種<水俣病>関連のイベントや研究会への案内などが確実に増加していることがその根拠となるであろう。また、これらの活動には研究代表者の研究室(慶田研)の若手研究者が積極的に関与し、若手研究者育成の場としても機能し始めている点も特筆しておきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は、これまでと同様になんらかの形で<水俣病>研究資料に関わりながら、資料の収集・整理・公開といったアーカイヴ構築を行う一方で、<水俣病>事件を多元的に捉える自由な研究を促進し、既存のアーカイヴを脱構築することを目標としている。現在、前者の作業が7割程度を占め、後者の作業が3割程度を占めている。本研究課題の終了時には両者ともに5割程度になるようにバランスをとりたい。 そのためには、現状維持はもちろんのこと、次年度以降は現行作業の効率化を図りながら、若手研究者を含む研究成果発表を目標とした活動を開始する必要がある。当面、これまでに整理が進んでいる岡本資料、有馬資料を媒介として新しい研究領域を立ち上げ、関連する資料の検討を通じて具体的な研究テーマの設定、調査研究の実施、研究会の開催、研究成果の発表に関する具体的な構想を2018年度中に行う。その際、他の競争的資金の獲得を視野にいれて、アーカイヴに関する人類学的な国際共同研究の基盤を国内外の若手研究者を組み込む形で構築する予定である。 一方で、本研究課題の特徴は研究成果(研究論文だけではなく教育や資料管理などの制度に関する成果含む)を学内および地域社会へと還流してゆくことにある。そのためにはすでに実施にいたっている熊本大学の全学教育プロジェクト・肥後熊本学への研究成果還流の継続、スーパーグローバル大学創成プログラム、熊本創成推進プログラムなどに図書館・文書館・人社系部局を媒介としてこれまで以上に関わっていくと同時に、水俣市、熊本市、熊本県ならびに近隣の市や県との連携強化を推進する研究拠点への成長を目標としている。 また、各種研究資料をどこに、どのようなかたちでアーカイヴ化するのかは全国的な問題でもあるため、人類学との関連も深い国立民族学博物館などの機関との研究連携を促進することも将来的な目標のひとつである。
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Research Products
(3 results)