2016 Fiscal Year Annual Research Report
古筆切の顕微鏡観察・書跡史学的考察を用いた間接的放射性炭素年代測定法
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16H03101
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
小田 寛貴 名古屋大学, 宇宙地球環境研究所, 助教 (30293690)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
坂本 昭二 龍谷大学, 古典籍デジタルアーカイブ研究センター, 研究員 (60600476)
池田 和臣 中央大学, 文学部, 教授 (80114007)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 放射性炭素年代測定 / 顕微鏡観察 / 書跡史学的考察 / 古筆切 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は,書写年代が書跡史学の面から判定できる代表的な古筆切の放射性炭素年代測定を実施した.その結果,古筆切の年代判定にとって放射性炭素年代測定法が有効な手法となることを実証した.特に興味深い資料の一つが,1178年から1192年の間,さらに狭めれば1180年代に制作されたものと推定できる伝寂連筆地獄草紙詞書断簡である.年代測定の結果は1168~1219[cal AD]であり,1180年代を含む結果を示した.さらに,本文の内容から,この古筆切は後白河法皇遺愛の六道絵の一部である「勘当の鬼図」の詞書であると考えることができる.もう一つの例は,世界最古の印刷物である百万塔陀羅尼である.764年に藤原仲麻呂の乱を平定した称徳天皇は,鎮護国家を祈念すべく6年の歳月をかけて陀羅尼百万巻の印刷を完成させ,東大寺等に奉納した.その測定結果は662~766[cal AD]であり,百万塔陀羅尼の制作期と重なる結果を得た. また,従来の説を覆すような研究例も得られた.その一つが,自心印陀羅尼の測定である.これは,先の百万塔陀羅尼と同時代の世界最古の印刷物とされ,百万塔陀羅尼類版ともよばれてきた.しかし,その年代測定の結果は1527~1656[cal AD]であり,奈良時代ではなく,室町末期から江戸期のものであることが判明した. さらに,年代測定をした古筆切について顕微鏡観察を行い,その紙高・幅・界高・紙厚・簀の目・糸目幅を計測する研究も遂行した.その代表的なものが,「舎利弗阿毘曇論」「法苑珠林」「大般若経」「大方廣佛華厳経」という中国の宋代に書かれたとされる経典の古筆切である.年代測定の結果,このうち「法苑珠林」は宋代ではなく元代になってのものであることが判明した.また,いずれも竹紙であり,「舎利弗阿毘曇論」と「大般若経」は,紙厚・簀の目・糸目幅が一致したが,他の2資料とは差異が認められた.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度の研究計画は,「代表的な古筆切の書写年代決定」の遂行と,「古筆切の顕微鏡観察・書跡史学的考察によるツレの判定」を開始することであった. 「代表的な古筆切の書写年代決定」については,古筆切の年代判定にとって放射性炭素年代測定法が有効な手法となることを実証した段階にあり,問題なく進行している.また,特に伝寂連筆地獄草紙詞書断簡や百万塔陀羅尼については,その測定結果から,歴史学・国文学の面でも興味深い研究成果を得ている. さらに当初は予定していなかったが,自心印陀羅尼の年代測定のように,従来の説を覆す研究例も得られた.古筆切は稀少な鎌倉以前の古写本の一部であり,その史料的な価値は極めて高いはずだが,後世の偽物や写しも多く混在している.故に,その書写年代が不明のままでは,古筆切の価値は潜在的なものでしかない.そこで,年代測定により古筆切の年代が確定できれば,その史料的な価値も明確となり,歴史学・国文学等の史料として利用できるか否かが確定する.この「古筆切の史料的価値の確定とそれを史料とした歴史学的研究」は,H30~H31年度に遂行予定の課題であるが,今年度の自心印陀羅尼の測定結果は,その史料的価値を確定した研究例といってよいであろう. また,「古筆切の顕微鏡観察・書跡史学的考察によるツレの判定」も開始した.具体例として,「舎利弗阿毘曇論」「法苑珠林」「大般若経」「大方廣佛華厳経」といった宋版の顕微鏡観察,伝寂連筆地獄草紙詞書断簡の本文の内容から,この古筆切が後白河法皇遺愛の六道絵の一部である「勘当の鬼図」の詞書であることを指摘した書跡史学的考察を挙げることができる. 本年度までに予定していた研究課題が問題なく遂行している点,さらに次年度以降に遂行予定の「古筆切の史料的価値の確定とそれを史料とした歴史学的研究」に着手している点を考慮すると,区分(1)と評価するのが適切と考えられる.
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Strategy for Future Research Activity |
H29年度は,今年度に引き続き「代表的な古筆切の書写年代決定」を遂行する.既に,現段階で,放射性炭素年代測定法が古筆切の年代判定にとって有効な手法となることを実証したといってよい.しかしながら,年代既知の古筆切の測定例が多ければ多いほど,その有効性は確実なものとなる.また,現在は,奈良時代から江戸時代までの古筆切を測定しているが,平安時代前期の測定例が少ない.そのため,この平安前期の資料について,測定例を充実させる必要がある. また,H29年度は,「古筆切の顕微鏡観察・書跡史学的考察によるツレの判定」を中心に研究を遂行し,「散逸古写本の復元と,その年代を決定する方法の確立」を開始する.すなわち,複数のツレ(元は同一の写本もしくは同一のシリーズの別の頁であった古筆切)と思われる古筆切について,顕微鏡観察と書跡史学的考察を行う.それにより得られた紙高・幅・界高・紙厚・簀の目・糸目幅および書風・字形・筆勢に関する情報を比較することで,真にツレであるか否かの判定をする.複数のツレが集まれば,それは失われてしまった鎌倉時代以前の稀少な古写本の一部分が復元できることになる. H30年度は,「古筆切の顕微鏡観察・書跡史学的考察によるツレの判定」と「散逸古写本の復元と,その年代を決定する方法の確立」を引き続き遂行するが,「古筆切の史料的価値の確定とそれを史料とした歴史学的研究」も開始する.また,H31年度は,この「古筆切の史料的価値の確定とそれを史料とした歴史学的研究」を中心に研究を行うことを予定している.
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