2018 Fiscal Year Annual Research Report
古筆切の顕微鏡観察・書跡史学的考察を用いた間接的放射性炭素年代測定法
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16H03101
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
小田 寛貴 名古屋大学, 宇宙地球環境研究所, 助教 (30293690)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
坂本 昭二 龍谷大学, 公私立大学の部局等, 研究員 (60600476)
池田 和臣 中央大学, 文学部, 教授 (80114007)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 放射性炭素年代測定 / 顕微鏡観察 / 書跡史学的考察 / 古筆切 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は,「古筆切の顕微鏡観察・書跡史学的考察によるツレの判定」と「散逸古写本の復元と,その年代を決定する方法の確立」を遂行した.また,「古筆切の史料的価値の確定とそれを史料とした歴史学的研究」も開始した. 古筆切は,元は平安・鎌倉期の古写本や絵巻物などの一頁・一部分であったものである.これは,室町時代以降に茶室で鑑賞する掛軸に古写本等が利用され,さらに江戸時代には古い筆跡の蒐集が流行したために,切断されたものである.そのため,古筆切の中には,同じ本やシリーズから切断された別の頁・部分が見出されることがある.これらをツレという.ツレと思われるものについて,顕微鏡観察と書跡史学的考察を行うことで,その類似性から真にツレであるか否かの判定を行った.多くのツレの発見により,散逸した古写本の一部分が復元できることになる.ツレの一枚について放射性炭素年代測定を行うことで,この散逸古写本の書写年代を決定する研究を行った.また,紙に加え出土遺物や古人骨などについても年代測定を実施し,その結果から古文書・古写本の年代を推定する研究も実施した. また本年度は,「古筆切の史料的価値の確定とそれを史料とした歴史学的研究」も実施した.古筆切は,稀少な平安・鎌倉時代の古写本の一部分だが,流麗な筆跡を手本にして書かれた後世の写しや,掛軸や収集の需要に応じて作成された偽物が混在している.こうした固有の問題のある古筆切について放射性炭素年代測定法を適用し,その書写年代,延いてはその史料的価値を確定する研究を行った.その結果,古筆切の年代測定によって,これまでの通説に見直す必要性があることを明らかにした.特に平安末から鎌倉初期の院政期の書とされているものの中には,江戸時代の書が確認された.またその一方で,平安時代前期の国風文化期の,仮名の形成期の稀少な書も混在していることが明らかにされた.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度までの研究計画は,「代表的な古筆切の書写年代決定」,「古筆切の顕微鏡観察・書跡史学的考察によるツレの判定」,「散逸古写本の復元と,その年代を決定する方法の確立」を実施するところにあった. 「代表的な古筆切の書写年代決定」については,測定例が少なかった平安時代・奈良時代の史料を中心に測定を実施した.その結果,奈良時代から江戸時代に至るまでの年代既知の古筆切・古写経切等についての測定例が蓄積され,古筆切の年代判定にとって放射性炭素年代測定法が有効な手法となることが実証され,問題なく進行している. また,「古筆切の顕微鏡観察・書跡史学的考察によるツレの判定」,「散逸古写本の復元と,その年代を決定する方法の確立」も実施した.これは,まず顕微鏡観察と書跡史学的考察から真にツレであることの判定をし,その一枚について放射性炭素年代測定法を適用することで,年代測定を直接適用できなかったツレの年代も同時に判定するというというものであり,これも問題なく進行している. さらに,「古筆切の史料的価値の確定とそれを史料とした歴史学的研究」では,書風や字形などのみからでは判定が困難であった古筆切の史料的価値を,放射性炭素年代測定という自然科学的な手法で確定することに成功した.特に,平安末から鎌倉初期の書の中に,時代の異なるものが存在している事例を数多く蓄積することができた.その結果,従来の通説に対する見直しの必要性があることを提示した.これは,古筆切の史料的価値を確定し,新たな歴史学的な知見を得た研究例ということができる. 本年度までに予定していた研究課題が問題なく遂行している点,さらに次年度に本格的に遂行する「古筆切の史料的価値の確定とそれを史料とした歴史学的研究」についても,数多くの事例が蓄積されている点を考慮すると,区分(1)と評価するのが適切と考えられる.
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Strategy for Future Research Activity |
H31年度は,「古筆切の史料的価値の確定とそれを史料とした歴史学的研究」を中心に研究を実施する. 古筆切は,稀少な平安・鎌倉期の散逸古写本の一部分だが,その流麗な筆跡を手本とした後世の写しや,掛軸や収集の対象としての需要に応えるべく作成された偽物が混在している.すなわち,稀少な古写本の一部である古筆切の史料的な価値は,極めて高いはずであるが,後世のものが混入しているため,書写年代が確定しなければ,潜在的なものでしかないのである.しかも,数行の書であるため,書風や書式・字形・筆勢など通常の書跡史学的な情報のみからでは,書写年代を確定することが困難なことが多い.「古筆切の史料的価値の確定とそれを史料とした歴史学的研究」では.こうした固有の問題を抱えている古筆切について放射性炭素年代測定を適用し,その書写年代,延いてはその史料的価値を確定する.さらに,稀少な古写本の一部であることが判明した古筆切を史料とすることで,新たな歴史学・古典文学に関する知見を得る. 本年度までに,平安末から鎌倉初期にかけての書の中に,時代の異なるものが多く混在していること,特に後世のものではなく,古い時代の仮名の形成期に書写されたものも含まれていることが判明した.漢字から日本固有の仮名が形成されるわけだが,その形成過程の詳細については不明な部分が多い.しかし,この時代の書が古筆切として多く確認されたことは,実質的な新出史料の発見であるといえる.そこで,H31年度は,通説では平安末から鎌倉初期にかかる院政期のものとされている古筆切に焦点をあてて研究を遂行してゆく予定である. また,H31年度も,本年度まで遂行してきた「古筆切の顕微鏡観察・書跡史学的考察によるツレの判定」と「散逸古写本の復元と,その年代を決定する方法の確立」についても,事例を蓄積するための研究を実施する.
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