2016 Fiscal Year Annual Research Report
情報的基礎を拡大した規範的経済学の展開と学説史的な再検討
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16H03599
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
鈴村 興太郎 早稲田大学, 政治経済学術院, 栄誉フェロー (00017550)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 厚生経済学の理論と学説 / 社会的選択の理論 / 規範的判断の情報的基礎 / 最大幸福原理と最小不幸原理 / 福祉への潜在能力アプローチ / 選択の機会と手続き |
Outline of Annual Research Achievements |
初年度の研究は、(1)厚生経済学と社会的選択の理論の基礎論に関する申請者の研究の精粋を著書として公刊すること、(2)その基礎に立って規範的経済学の学説史的な展開を、基礎論をさらに展開する理論的な論文として公刊すること、特にジェレミー・ベンサムの功利主義的な倫理学を現代の規範的経済学の視点から理論的に評価して、最大多数の最大幸福の原理の現代的な解釈と理論的な展開を試みること、(3)現代の規範的経済学と経済開発論に対して重要なパラダイムを提供しているアマルティア・センの福祉への潜在能力アプローチに精密な定式化を与えるとともに、ジョン・ロールズの正義の理論を参照標準としつつ、センの潜在能力アプローチの特徴と意義を評価すること、に焦点を合わせて推進された。 最初の焦点である(1)に関しては、英文の単独著書をハーバード大学出版局から上梓するとともに邦文の単独著書も完成原稿を脱稿して、東京大学出版会に引き渡す段階にある。(2)に関しても、最大多数の最大幸福の原理とその双対原理に関する基礎理論を、厚生経済学と社会的選択の理論に関する査読制の国際学術誌 Social Choice and Welfare に公刊して、その延長線上では、確立された成果を拡張する理論的な試みを推進しつつある。(3)に関しては、潜在能力アプローチを中心的に推進する国際学会の基調講演に招聘されて著者の評価を公表するとともに、この研究領域の研究ハンドブックへの公刊が予定されている。 なお、この研究を推進中の本年2月下旬に、社会的選択の現代理論を創始したケネス・アロー教授が逝去されて、過去30年にもわたって緊密な研究推進に協力してきたアマルティア・センとエリック・マスキンの両教授と私が共同で教授を追悼する国際専門誌の特集号の企画を公表して、既にその出版作業を開始している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
申請者の従来の研究の精粋を英文図書(主として理論的な研究)と邦文図書(主として基礎理論と政策提言の交流面に関わる講義・講演・インタビューおよび対談を一貫した視点から編集及び加筆した研究)として出版する作業は、予定通りに完結して、このプロジェクトの基礎固めは十分になされた。 この基礎に立つ新たな研究も、その最初の作業課題に選定した功利主義的な厚生経済学の理論的かつ学説史的な検討において、堅固な研究論文として査読制の国際専門雑誌(Social Choice and Welfare)に出版された。この論文は、従来功利主義原理の情報的基礎を個人間で比較可能な基数的効用に求めてきた研究とは一線を画して、現代の厚生経済学では標準的な情報的基礎とされる個人間で比較不可能な序数的効用に依拠して、最大多数の最大幸福原理とその双対的な原理を並行して公理化した研究であり、重要な前進を達成したと考えている。さらに、アマルティア・センが先駆者的に開発してきた福祉研究の潜在能力アプローチを評価・推進するために、この分野の国際的なプラットフォームを提供する学会が東京で開催したコンファレンスの基調講演で、センの新たなパラダイムに対する私の評価と理論的な貢献を、学説史的な位置付けを交えて講義して、この分野の専門家との実り多い研究交流の拠点を形成することができた。 セン、マスキンと共同編集するSpecial Issue of Social Choice and Welfare in Honor of Kenneth Arrow に関しても、3人の編者、3人の招待論文の執筆者(ハモンド、パタナイック、バーベラ)、4人の応募論文の執筆者をすでに選定して、今年10月にはその他の応募を含む全論文を査読の手続きに載せる手順が完了している。 これら3つの面で、今回の申請課題に関する研究は当初計画以上に進行している。
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Strategy for Future Research Activity |
このプロジェクトの次のステップとして、ベンサムの最大幸福原理の理論的な精緻化を一層進めて、辞書式順序としての最大幸福原理を公理化する作業を前進させる所存である。つまり、最大の幸福を実現する個人の数では一致する2つの社会的選択肢の優劣比較をさらに精密に行うため、次善、次々善・・・の幸福を実現する個人の数へ比較の対象を広げていく原理の公理的な特徴付けを行うアプローチである。 第二に、ベンサムの功利主義を第一原理として受容しつつ、第二原理として個人の自由や権利の社会的尊重を追求したジョン・スチュアート・ミルの《規則》功利主義を理論的に検討すること、選択の帰結のみならず選択の機会と手続きをも重視するミルの構想を、現代の規範的経済学の最前線と対決させることを今年度の最大の課題とする所存である。この研究は、ベンサムの社会改良の構想を実現する方法について、ベンサム哲学の継承者のなかに顕著に対照的な2つの流れを確認して、現代のインプリメンテーション理論の学説史的な背景を明らかにするプロジェクトの基礎付けになるはずである。また、自由貿易の利益に関するミルの先駆者的な貢献と、ピグーの『旧』厚生経済学の崩壊後の空白を埋める最初の試みとなった補償原理の源泉に関しても、この研究は興味ある解明に導くという見通しを持っている。 このプロジェクトの執筆・出版作業の今年度の焦点としては、マスキン=セン=鈴村の共同編集による Special Issue of Social Choice and Welfare in Honor of Kenneth J. Arrow の編集・出版作業を推進すること、規範的経済学への一般読者の理解を深め、制度の設計と選択の作法を平易に伝えることを目的とする邦文図書(『規範的経済学への招待:制度の設計と選択の作法』)を執筆して出版することを目指している。
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