2017 Fiscal Year Annual Research Report
緑藻に新たに発見した生活史経路に着目して性差の起源を探る
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16H04839
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Research Institution | Chiba University |
Principal Investigator |
富樫 辰也 千葉大学, 海洋バイオシステム研究センター, 教授 (70345007)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
吉村 仁 静岡大学, 創造科学技術大学院, 教授 (10291957)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 異型配偶 / 性淘汰 / 性的二型 |
Outline of Annual Research Achievements |
性淘汰によって、有性生殖を行う多くの生物に形態的もしくは行動的な両性間の違い(性的二型)が進化した。これらの性差を進化させる究極的な原因は、雌雄の間にある配偶子のサイズの違いにあると考えられている。このため、性差の起源を明らかにするためには、これまでの研究代表者(富樫)らによる理論研究などによって雌雄の配偶子サイズの進化に決定的な影響を与えることがわかっていながら未だ実際の生物において検証が行われていない重要な仮定となっている配偶子ならびに接合子のサイズとその適応度の間にある定量的な関係を実験によって明らかにすることが重要である。我々はこれまでの研究によって明らかにしてきた様々な利点からヒトエグサ属の海産緑色藻類を用いてこの問題の解明に取り組んでいる。特に、本研究では、配偶子の単為発生と接合子からこれまで知られていた単細胞で微視的な胞子体に加えて多細胞で巨視的な多細胞体が発生するという我々のこれまでの研究から得られた新しい発見に着目している。平成29年度は、研究計画に従って、北海道室蘭市で採集したエゾヒトエグサ(Monostroma angicava)を用いて実験を続けた。我々のこれまでの研究から、1)本種の配偶子は細胞が同調的な等分割を繰り返しながら形成されること、2)配偶子サイズの種内における大きなバラつきが配偶子嚢のサイズに起因することなどがわかっている。さらに今年度は、1)生産された雌雄の配偶子が単為発生することがあること、2)単為発生には全く異なる2つの経路(胞子体への単為発生、配偶体への単為発生)があること、3)単為発生のよる配偶子の生き残りやすさは、配偶子のサイズに依存し、大きな配偶子ほど生き残りやすいこと、4)胞子体、配偶体のどちらに発生するかはその配偶子のサイズには依存しないことなどを中心とした重要な新しい知見が得られた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
配偶子や接合子のサイズと適応度の関係は、性差の起源を解明するための鍵となる。理論研究によってその重要性が浮き彫りになった主要な問題は、初めに、細胞内小器官の片親遺伝によって捨てられてしまう雄性配偶子の資源はどの程度接合子の適応度の向上に寄与することが出来るのか? 次に、大きな接合子は本当に適応度も高いのか?の2点である。ところが、多くの生物でこれを定量的に示すことは極めて困難である。雌雄の配偶子が接合せずに発生できないため、雌雄の配偶子が有する資源がそれぞれ接合子の適応度にどれだけ寄与するかを分けて測定することができない、雌雄の配偶子のサイズが固定されているため同一種内でサイズの異なる接合子を実験的に作ることができない、次世代の子供の数が多過ぎたり次世代時間が長過ぎたりするため適応度を計測することが事実上できないなどが主要な障害となってきた。これに対して、研究代表者(富樫)らは、エゾヒトエグサが上述の問題を実験的に解明するために必要な条件を備えた極めて有用な生物であることを明らかにしてきた。エゾヒトエグサは、配偶子形成過程で減数分裂を行わないため同一の配偶体からは遺伝的に異ならない配偶子が生産される、雌雄の配偶子はどちらも単為発生能することが出来る、配偶子のサイズに種内で大きなバラつきが見られる、胞子体が全実性で微視的であるため、次世代の子供の数(配偶体数)を計数することが出来る。本研究では、これらの利点を活用して構築した実験系を使って、単為発生による配偶子の生存率が配偶子のサイズに依存し、その関係が理論的に予測されていた増加関数によって示されることを世界で初めて実験的に裏付けることが出来た。これに加えて、2つの異なる単為発生経路のどちらを取るかは配偶子のサイズに依存しないことも明らかになった。これは理論による予測を超える新しい研究成果である。
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Strategy for Future Research Activity |
研究分担者(吉村)ならびに研究協力者らと協力しながら、研究計画に従って、引き続きエゾヒトエグサを用いて定量的なデータ収集を進める:1) 雄性配偶子が有する資源は接合子のどの程度適応度の向上に役立つか?;2) 接合子のサイズが大きい接合子ほどより適応度が高いか?(シグモイド型の関数になるか?)。これまでに、我々は、本種において、配偶子は同調的に起こる等分割による細胞分裂によって単核の栄養細胞から形成され、雌雄でこの分裂回数に違いがあるだけでなく、雌雄ともにこの配偶子形成過程における細胞分裂の回数と配偶子嚢のサイズにバラつきがあることを明らかにしてきた。また、本研究によって、これまでにこのうち配偶子嚢のサイズのバラつきがさまざまなサイズの配偶子を作り出していることを明らかになった。さらに、配偶子の単為発生による生存率が、理論によって予測されたように配偶子のサイズに依存すること、一方で2つの異なる単為発生経路のどちらが発現するかは、配偶子のサイズに依存しないことがわかった。今後の研究では、サイズの異なる配偶子を雌雄で組み合わせることによって、実験的にサイズの異なる接合子の系列を作製する。これらを人工気象器を用いて生育条件を制御しながら培養することによって、接合子を胞子体ならびに多細胞体に発生させ、接合子のサイズとそれぞれの発生率の関係を調べる。さらに、胞子体、多細胞体のそれぞれにおいて、次世代の子供の数を計数する。その過程で、接合子から発生してくる多細胞体が何を行っているのか明らかにしていく。特に、この多細胞体から遊泳細胞を放出させることには重点を置き、遊泳細胞が放出された場合には、これがどのような性質を有していて、次にどのような発生経路をたどっていくのか注意深く調べていく。集めたデータは、統計モデリングの手法を用いて解析して、本研究の目的の達成を目指す。
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